ゲルマント公爵はある奇癖の持ち主でもある。
「公爵は、夫人が自分と晩餐を共にする友人たちを招くのを許していたが、招待客たちがかならず自分よりもさきに帰ることを求め、自分が最後にオデットにお寝(やす)みを言えるようにしていた」。
ところがオデットはそれを少しも「奇癖」と思わない。スワン夫人だった頃、スワンがオデットに対して用いた接し方と違わなかったからである。「慣れていた」。
「公爵は、夫人が自分と晩餐を共にする友人たちを招くのを許していたが、招待客たちがかならず自分よりもさきに帰ることを求め、自分が最後にオデットにお寝(やす)みを言えるようにしていた。これは公爵が以前のさまざまな恋愛から引き継いだ奇癖であり、オデットはスワンが同じ奇癖を持っていてそれに慣れていたから驚かなかったが、私は自分のアルベルチーヌとの生活を想い出して動揺した」(プルースト「失われた時を求めて14・第七篇・二・P.238~239」岩波文庫 二〇一九年)
スワンはオデットを愛すれば愛するほど自らの苦痛をますます深刻化させていく人間だった。だがスワンがオデットに始めて美を見出し愛するようになった契機は直接的にではなく間接的にという条件のもとに限られていたことも思い出しておかなくてはならない。
(1)「オデットの顔に美しさを認めるためには、たいてい黄土色にやつれ、ときに赤い小さな斑点の見える頬のなかで、バラ色のみずみずしい頬骨のところに限って頭に浮かべる必要があり、まるで理想は到達しがたく、手にはいる幸福はつまらないと想い知らされたみたいに、スワンをひどく悲しませた。見たいという版画を持って来てやったところ、オデットはすこし加減がよくないからと言いつつ、モーヴ色のクレープ・デシンの化粧着すがたで、豪華な刺繍をほどこした布をコートのように羽織り、それを胸元にかき合わせてスワンを迎えた。オデットは横に立つと、ほどいた髪を両頬にそって垂らし、楽に身をかがめるように、すこし踊るような姿勢で片脚を曲げて首をかしげ、元気がないと疲れて無愛想になるあの大きな目で版画に見入っていたが、そのすがたにスワンは、はっとした。システィーナ礼拝堂のフレスコ画に描かれたエテロの娘チッポラにそっくりだったからである。つねづねスワンは、大画家の画のなかにわれわれをとりまく現実の一般的特徴を見出すだけでなく、とうてい一般化できない知り合いの顔の個人的特徴を認めて喜ぶという特殊な趣味をもっていた」(プルースト「失われた時を求めて2・第一篇・二・二・P.93~94」岩波文庫 二〇一一年)
(2)「いずれにしても少し前からスワンの感じていた印象の充実が、むしろ音楽を愛する心から生じたものとはいえ、絵画の嗜好までをも豊かにしてくれ、オデットとチッポラとの類似に気づいたときの喜びをはるかに深いものとし、スワンにいつまでも影響をおよぼすことになったのである。それを描いたサンドロ・ディ・マリアーノがむしろボッティチェリという通称で呼ばれるのは、通称が画家の真の作品ではなく、作品を通俗化したありきたりの偽りの見方を想起させるようになって以来のことだ。もはやスワンはオデットの顔を見ても、頬の質の善し悪しで、つまり、いつか接吻したときに自分の唇が触れる頬の純粋に肉としての柔らかさで評価するのではなく、繊細で美しい線の錯綜として鑑賞した。おのがまなざしでその線を巻きもどし、その渦巻く曲線を追いつつ、律動感あふれるうなじを流れるような髪や湾曲したまぶたに結びつけては、オデットがどのような特徴を備えているかが明確にわかる肖像画に仕上げるかのように見つめたのである。そうやってオデットを見つめると、顔にも身体にもフレスコ画の断片があらわれる。これから先スワンは、女のそばにいるときでも女のすがたを想いうかべるだけのときでも、つねにフレスコ画の断片を見出そうとした。スワンがこのフィレンツェ派の傑作にこだわったのは、オデットのうちにたしかにそれが再発見されたからにほかならないが、逆にこの類似がオデットにも美しさを授け、ますます貴重な女にしたのである」(プルースト「失われた時を求めて2・第一篇・二・二・P.99~100」岩波文庫 二〇一一年)
これも「奇癖」とは言えない。漫画、映画、ビデオなどに登場するキャラクターを愛する人々は数多い。特定の俳優、声優、登場人物のマニアックなファンは数知れない。そんな愛する対象と瓜二つに重なるような実際の人物と学校や職場で出会った場合を考えてみよう。とすればスワンがオデットに美を見出した経緯のどこにも不可解な点は認められないといえるだろう。
だがスワンはオデットに対する嫉妬からオデットに対する自分の態度がどのような変化を遂げてしまったか、後になって悔恨とともにいう。
「『といってもこの手の恋愛が危険なのは、女の隷属状態がいっとき男の嫉妬を鎮めはしても、同時にその嫉妬をますます気むずかしいものにしてしまうことです。あげくの果てに、夜となく昼となく灯りをつけて監視される囚人のような生活を愛人に送らせるはめになります。それもたいてい悲劇に終わるのです』」(プルースト「失われた時を求めて3・第二篇・一・一・P.303」岩波文庫 二〇一一年)
そこで「私は自分のアルベルチーヌとの生活を想い出して動揺した」。ゲルマント公爵の習慣についてのエピソードがいきなり「私」とアルベルチーヌとの間で演じられた過去と共鳴する。