「2020年最初の関西旅行記 #3-4」のつづきです。
平等院拝観は、鳳凰堂中堂の内部拝観で〆ようということで、拝観受付に行くと、私の拝観は13:10の回。
鳳凰堂の内部拝観は、40名づつ20分ごとに行われていて、私が拝観を申し込んだのは13:00でしたので、ほぼ待ち時間無し
でした。
さすがは平日
このわずかな時間を利用して、観音堂と、一応「藤棚」を見物
寄棟本瓦葺きの観音堂は鎌倉前期の建物だそうで、同時期の秋篠寺本堂(探訪記)と似た風情です。
とかなんとかしているうちに、私の拝観時間がやってきました。
私を含み約20名の拝観者一行は、ガイドさんに引き連れられて二つの小さな橋を渡り、北翼廊で靴を脱ぎ、中堂正面から入堂しました。
教科書
や参考書
、TV
で何度見たか判らないご本尊
の阿弥陀如来坐像に初のご対面
大きいし(丈六仏)、金箔がしっかりと残ってキラッキラ
阿弥陀様と天蓋はキラッキラなんですが、中堂の内部は、雲中供養菩薩も含めてほとんど色の無い世界になってしまっているし、修復工事中
とのことで足場が組まれているしで、さきほど、鳳翔館(#3-3)で見た創建当初の「極楽浄土ぶり」は感じられませんでした。
九品来迎図はかなり褪色している上に、格子に隠れてよく見えなかったし…
藤原頼通が、父・道長の別荘があったこの地に、自らと一族の極楽往生
を願って建てた平等院、完成
したとき、頼道は上品上生の往生確定
と思ったんじゃなかろうか…
(下の画像は、「平安色彩美への旅」から CG「鳳凰堂落慶式(イメージ)」)
頼通がどんな往生を遂げたのか知るよしもありませんが、すくなくとも俗世的には、道長が詠んだ、
この世をば わが世とぞ思ふ 望月の
虧(かけ) たることも なしと思へば
の「望月」が、頼通の代に確実に欠けていった
ということ…。
時代はもそっと下りますが、まさしく、
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
でございます
写真撮影禁止の中堂内部から出ると、中堂側から南翼堂をパシャリ
さらに、北翼堂をパシャリ
そして、平等院から退出しました。
いやぁ~、2時間近くも平等院を参観
することになろうとは、思いもよりませんでした。満足、満足…
満足はいいのですが、時刻は13:30を廻っていて、腹減った…
風景に馴染んでいる店構えのスタバには目もくれず
料理屋さんで宇治川を眺めながら 豪勢
な昼食をいただきました。
この料理屋さん、私が入店したときは、閑散としていて、のんびりと食事を始めたのですが、10人くらいの中国人のグループがやって来ると状況は一変
習性ですから、話し声がデカい のは仕方ないとしても、音楽を聴くんだったらスマホ
のスピーカー
で流さないで、イヤホン
を使え
こうして、途中から「食った気がしない」食事になってしまったのは残念でございました
宇治滞在中、なんとか我慢していた空から、ちょぼちょぼと雨
が落ちてくる中、JR宇治駅に戻り、
各停に乗って京都駅へ…。
京都では、本願寺伝道院に行くのは既定路線として、その後はどうしようか…
と、「#3-6」につづきます。