ゴールデンウィーク後半の四日間、我が庵から日替わりで東西南北の四方へ歩いてみようと思いながら、最終日の六日は悪天候にたたられてしまったので、北の方角だけ行きそびれていました。
今日は台風を思わせるような雨風なので、一日じゅう籠城やむなしと思っていましたら、昼前に雨が熄みました。目指す廣徳寺は近場ですから、一瞬の隙を突いて出陣することにしました。
小金(大谷口)城の馬屋敷跡(小公園になっています)から流鉄の小金城趾駅に通じる道路です。街路灯には「大金平商店会」とあるのですが、ずっと先まで行かないと商店はありません ― その先も商店街と呼べるほどの店はありません。
廣徳寺です。
寺伝によると、開山は寛正三年(1462年)三月八日。ただし、開山当初は別の場所にあったそうです。
小高い丘の上にあり、すぐ近くに小金(大谷口)城が築かれるまで、中金杉城という出城があったと推測されています。
境内の六地蔵。
本堂前にある唐変木(トウヘンボク)の樹。中国原産の樹で、本当は香椿(チャンチン)と呼ぶらしい。
廣徳寺本堂です。
天気がよくないこともあり、境内は無人でした。私が行くところ行くところ、無人なのが当たり前みたいです。
かつては鬱蒼とした森に囲まれていたようですが、削り取られて現在の寺域に……。狭くなった、といっても、三千坪あります。
一段高いところに、中世この地を支配し、小金城主でもあった高城氏の墓所がありました。
石段を上り詰めると三基並んだ供養塔があります。建てられたのは高城氏が秀吉に滅ぼされた遙かあと、江戸時代(天保年間)に入ってから……。
高城氏墓所から望む小金城趾-中央にちょっとだけ写っている杜です。出城があったというだけに、眺めのいい場所です。
境内を行き来している間に雨になりました。傘は持っていましたが、時折荒れ狂う風がたまらない。
本土寺参道入口を横目に見ながら北小金駅へ出て、松戸駅へ……。
知らなければ本土寺へも行くつもりでしたが、拝観料を取るから行かないほうがいいというアドバイス(コメント)が我がブログにきていたこともあり、雨だったこともあり、パスすることに……。
松戸駅前は雨の降った様子はなく、路面が乾いていました。
市立図書館で千野原(せんのはら)靖方さんという方の書かれた「東葛の中世城郭」という本を借り、ボックスヒルという駅ビルのレストランで、遅めの昼食にハンバーグを食べ、生ビールを呑んで帰りました。
晩酌は欠かしませんが、普段呑むのは焼酎です。それに較べると、ビールは遙かにアルコール度数が低いのに、外で呑むと覿面に酔っ払ってしまいます。
帰途、新松戸駅前のマツモトキヨシでティッシュペーパーを買いました。そういえばそろそろなくなるころだと思ったからです。別の店ですが、前日、買っていたのです。オイルショックのあとでもあるまいに……。