九月に入る
記録的な暑さだったというこの八月もすでに去り、九月に入る。歳月人を待たずである。この夏にもいくつか印象深いできことはあったが、それも月日とともに、やがて深く記憶の闇の底に沈んでゆく。
久しぶりに山家集を開く。そういえば、この夏は暑さにまぎれて、ほとんど西行のことを忘れていたことに気づく。今ちょうど昼を過ぎたところだけれど、午前中の激しい雨の後のせいか、もう短い夏の命をはかなく終えてしまったのか、蝉の声も聴こえてこない。机の前で、ひところのあの夏の盛りの暑さを思い、蝉たちの合奏を、幻聴のように聴きながら詠む。
水辺の納涼といふことを北白川にてよみける
231 水の音に 暑さ忘るる まとゐかな
梢の蝉の 声もまぎれて
夏の初めには、雨もよく降った。それも遠い記憶のかなたに消えつつある。
226 五月雨は 行くべき道の あてもなし
小笹が原も うきにながれて
人は生きている限り、さまざまな事件に巻き込まれたりもする。
撫子
234 かき分けて 折らば露こそ こぼれけれ
浅茅にまじる なでしこの花
先に皆既月蝕があったばかりだけれど、こちらは南の方が曇り空で、残念ながら見ることはかなわなかった。ただ、その前日に大原野を散策しているとき、月は小さく白く満月に浮かんでいるのは眺めた。
蓮満池といふことを
248 おのづから 月宿るべき ひまもなく
池に蓮の 花咲きにけり
西行は、彼の山家集は、やはり、いつどこを開いても感慨深い。