再びオーストラリアの旅で、印象に残った美しい灯台を紹介します。
最終日にタクシー観光で、ビーチとサウスヘッドを廻った際に寄りました。
「マッコーリー灯台」設計はフランシス・グリーンウェイ
なんと囚人が作った灯台なんです。といっても、元々は建築家です。文書偽造で死刑宣告をうけ、その後オーストラリアへ。懲役14年の流刑に処されました。
1818年、時の総督マッコーリーから、灯台のデザインを任されたようです。(現在の灯台は1883年に建設)
この功績で仮赦免を受け、その後もいくつかの設計を行い、自由の身になったようです。
タクシー観光の運転手さん兼ガイドの日本人K氏の親切な説明で、楽しく観光できました。
このK氏オーストラリアに来る前は、銀行のディーラーだったようで深夜まで働く超ハードな毎日。出張で来たオーストラリアで、自分の激務と彼らの仕事と休暇の過ごし方のギャップに、自分の人生について考えたそうです。
なんと妻にも相談せず、銀行に退職願いを出し、オーストラリア移住計画をスタート。
ビザの問題が一番難関だったようですが、12年かけてやっと取得。奥様と観光の仕事をメイン、充実したオーストラリアの生活を送っているようです。
税金のことやオーストラリアの住宅事情等、いいことも悪いことも色々教えて頂き、かなり勉強になりました。
生々しい生活の様子を聞けるのも、また違った旅の楽しみですね。とても恵まれたガイドに感謝です!
最終日にタクシー観光で、ビーチとサウスヘッドを廻った際に寄りました。
「マッコーリー灯台」設計はフランシス・グリーンウェイ
なんと囚人が作った灯台なんです。といっても、元々は建築家です。文書偽造で死刑宣告をうけ、その後オーストラリアへ。懲役14年の流刑に処されました。
1818年、時の総督マッコーリーから、灯台のデザインを任されたようです。(現在の灯台は1883年に建設)
この功績で仮赦免を受け、その後もいくつかの設計を行い、自由の身になったようです。
タクシー観光の運転手さん兼ガイドの日本人K氏の親切な説明で、楽しく観光できました。
このK氏オーストラリアに来る前は、銀行のディーラーだったようで深夜まで働く超ハードな毎日。出張で来たオーストラリアで、自分の激務と彼らの仕事と休暇の過ごし方のギャップに、自分の人生について考えたそうです。
なんと妻にも相談せず、銀行に退職願いを出し、オーストラリア移住計画をスタート。
ビザの問題が一番難関だったようですが、12年かけてやっと取得。奥様と観光の仕事をメイン、充実したオーストラリアの生活を送っているようです。
税金のことやオーストラリアの住宅事情等、いいことも悪いことも色々教えて頂き、かなり勉強になりました。
生々しい生活の様子を聞けるのも、また違った旅の楽しみですね。とても恵まれたガイドに感謝です!
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