20年ほど前、前任校で「食農科学」という学校設定科目を立ち上げました。
郷土の食文化から先人の農と一体した暮らしを学ぶとともに、食文化を伝承するのが目的で
自分たちで育てた作物を使い、地域のおばあさんを講師に招いては実習をしたものです。
あまりにもユニークな授業のためマスコミや全国版の雑誌に何度も紹介されました。
彼岸団子を作る実習で、必ず女子生徒たちに読んでもらったのが次のエッセイ。
まったく面識のない方のブログですが、とても素敵なお話なので紹介していたのです。
ブログ名は「キッチン・ミモザ」。先日探してみましたが20年以上前のこと。
残念ながら今は見つけることができませんでした。
長いのですが、今日は彼岸の入り。ほぼ全文ご紹介します。
写真は当時の授業で生徒たちが作った蒸しあがったばかりの団子を撮影したものです。
そういえば子供の頃、祖母に夏に「暑い」とか冬に「寒い」とかいうと
決まってこう言われた。「暑さ寒さも彼岸までっていうんだ。あっついとか、さみぃとか
言ったところで変わらねぇ。まぁ、そういうもんだと思っていればたいしたことねぇもんだ。」
祖母のいる青森県の十和田市あたりでは、彼岸になるとおはぎよりも「彼岸団子」という
一見大福のようなものを作って食べる風習がある。その時期になると、旧家などでは
どこでも一家でこの団子を作ったりしたのだが、最近では作れる人も少なくなってしまい
もっぱら和菓子店に行って買ってくることが多い。
しかし今も墓参りに行くと墓前に彼岸団子をお供えしているのを多く見かける。
私が子供の頃の思い出のひとつは、祖母がその彼岸団子を作っている姿である。祖母は
彼岸団子を作る達人だった。大福は餅が皮で中に餡が入っているわけだが、彼岸団子は米粉で
作った皮で餡を包んでいる。だから「団子」なわけだ。この米粉の皮作りが結構大変なのだ。
なんせ熱湯でこね始めるから、熱くて慣れないと触ることさえできない。ちなみに熱湯で
こねないと粉くささが残ってしまって、いまひとつおいしくないのだ。餡子は小豆餡で、
前日から煮ておいて皮をこねる前に中に入れるように丸くまとめて大皿に積み上がっていた。
祖母が皮をこねる間にその餡子が美味しそうで思わず1つパクリとやると、
必ず見つかって祖母に怒られこう言われるのだ。「仏様より先に食べるもんでねっ!」
祖母が彼岸団子を作る様子は、何かを作ることが大好きだった私にはとにかく飽きなかった。
皮にちょっと塩を入れるのを見ては「なんで入れるの?」と聞き、ほんの少し入れると
甘味が出るんだとか、もう生地がまとまっているのに必死にこねているのを見て
「まだこねるの?」と聞くとしっかりこねないと粉臭いんだとか。今だから私はパンを作ったり
料理を作るわけだけど、この時の祖母の言葉は私の料理についての基本中の基本として
一生忘れないと思う。皮が出来上がったところで餡を皮に包むわけだが、
これがめちゃめちゃ難しい。テレビで和菓子職人が器用に餡を包むのを見たことがあると思うが
祖母もまた器用に餡を包み込む。そして何より餡は常に中央に入り、
どこを切っても皮の厚さは均一で、また餡と皮のバランスが絶妙なのだ。
いくら餡が美味しくて皮が美味しく作れても、ここまでうまくいかないと
食べた時の違和感が凄まじい。見よう見まねで手伝ったりしたが、
うまくいかなくてよく笑われたものだ。餡を包み終わったところで
蒸し器で30分ほど蒸して完成である。一度に50個ぐらい作っては、
完成すると必ず近所に持っていくのだ。そして仏壇にお供えし線香をあげ、
みんなで団子を持って墓参りに行く。その墓前で拝んでから
初めて1つ団子を食べることができた。その時の感情は不思議に美味しいとか、
そういうものではなくて、とてもすがすがしかったのを覚えている。
祖母はまだ健在で叔父たちと住んでいるが、今では彼岸団子を作るのも手間がかかってしまい
やらないという。今後は私が作りに行ってみようかな、なんて思ったりもする彼岸の入りの夜。
郷土の食文化から先人の農と一体した暮らしを学ぶとともに、食文化を伝承するのが目的で
自分たちで育てた作物を使い、地域のおばあさんを講師に招いては実習をしたものです。
あまりにもユニークな授業のためマスコミや全国版の雑誌に何度も紹介されました。
彼岸団子を作る実習で、必ず女子生徒たちに読んでもらったのが次のエッセイ。
まったく面識のない方のブログですが、とても素敵なお話なので紹介していたのです。
ブログ名は「キッチン・ミモザ」。先日探してみましたが20年以上前のこと。
残念ながら今は見つけることができませんでした。
長いのですが、今日は彼岸の入り。ほぼ全文ご紹介します。
写真は当時の授業で生徒たちが作った蒸しあがったばかりの団子を撮影したものです。
そういえば子供の頃、祖母に夏に「暑い」とか冬に「寒い」とかいうと
決まってこう言われた。「暑さ寒さも彼岸までっていうんだ。あっついとか、さみぃとか
言ったところで変わらねぇ。まぁ、そういうもんだと思っていればたいしたことねぇもんだ。」
祖母のいる青森県の十和田市あたりでは、彼岸になるとおはぎよりも「彼岸団子」という
一見大福のようなものを作って食べる風習がある。その時期になると、旧家などでは
どこでも一家でこの団子を作ったりしたのだが、最近では作れる人も少なくなってしまい
もっぱら和菓子店に行って買ってくることが多い。
しかし今も墓参りに行くと墓前に彼岸団子をお供えしているのを多く見かける。
私が子供の頃の思い出のひとつは、祖母がその彼岸団子を作っている姿である。祖母は
彼岸団子を作る達人だった。大福は餅が皮で中に餡が入っているわけだが、彼岸団子は米粉で
作った皮で餡を包んでいる。だから「団子」なわけだ。この米粉の皮作りが結構大変なのだ。
なんせ熱湯でこね始めるから、熱くて慣れないと触ることさえできない。ちなみに熱湯で
こねないと粉くささが残ってしまって、いまひとつおいしくないのだ。餡子は小豆餡で、
前日から煮ておいて皮をこねる前に中に入れるように丸くまとめて大皿に積み上がっていた。
祖母が皮をこねる間にその餡子が美味しそうで思わず1つパクリとやると、
必ず見つかって祖母に怒られこう言われるのだ。「仏様より先に食べるもんでねっ!」
祖母が彼岸団子を作る様子は、何かを作ることが大好きだった私にはとにかく飽きなかった。
皮にちょっと塩を入れるのを見ては「なんで入れるの?」と聞き、ほんの少し入れると
甘味が出るんだとか、もう生地がまとまっているのに必死にこねているのを見て
「まだこねるの?」と聞くとしっかりこねないと粉臭いんだとか。今だから私はパンを作ったり
料理を作るわけだけど、この時の祖母の言葉は私の料理についての基本中の基本として
一生忘れないと思う。皮が出来上がったところで餡を皮に包むわけだが、
これがめちゃめちゃ難しい。テレビで和菓子職人が器用に餡を包むのを見たことがあると思うが
祖母もまた器用に餡を包み込む。そして何より餡は常に中央に入り、
どこを切っても皮の厚さは均一で、また餡と皮のバランスが絶妙なのだ。
いくら餡が美味しくて皮が美味しく作れても、ここまでうまくいかないと
食べた時の違和感が凄まじい。見よう見まねで手伝ったりしたが、
うまくいかなくてよく笑われたものだ。餡を包み終わったところで
蒸し器で30分ほど蒸して完成である。一度に50個ぐらい作っては、
完成すると必ず近所に持っていくのだ。そして仏壇にお供えし線香をあげ、
みんなで団子を持って墓参りに行く。その墓前で拝んでから
初めて1つ団子を食べることができた。その時の感情は不思議に美味しいとか、
そういうものではなくて、とてもすがすがしかったのを覚えている。
祖母はまだ健在で叔父たちと住んでいるが、今では彼岸団子を作るのも手間がかかってしまい
やらないという。今後は私が作りに行ってみようかな、なんて思ったりもする彼岸の入りの夜。