順風ESSAYS

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刑法199条の2

2009年07月24日 | 創作
戦争だ。戦場だ。殺せ、殺せ、目の前の敵を殺せ。
そして言うんだ。「こいつは死んで当然だ!」疑問を持つな。何があっても豪語せよ!
―チャールズ・ワイルズ・英・1890-1965

チャールズ・ワイルズは、いま私が勝手に作った架空の人物であり、言葉も実在しない。気分を害したら、申し訳ない。以下の記述は、これと同様に創作であり、架空の国での出来事である。

官報というものがある。法令等の様々な情報が出される日刊の国の機関紙であるが、細かくチェックする人はほとんどいないだろう。しかし、この国ではある時期に限って数多くの人が入手に奔走する。次のような法律の条文があるからだ。
刑法第百九十九条 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。

刑法第百九十九条の二 七月十五日に前条の罪を犯した者は、その刑を免除する。
2 前項の規定は、政令の定めるところにより同年の五月末日の官報で罪を犯すことを公告した場合に限り、適用する。

刑法の概説書を見ると、以下のような解説がある。この規定は、法で裁くことは不可能であるが個人にとって生存が脅かされるほど害悪をもたらす者又は重大な社会悪をもたらす者を排除する機会を設けることを趣旨とする。事前に公告をすることで同条の適用を受けるにふさわしいか地域社会及び行政が検討し、相当でないと認められた場合にはその者を説得又は事実上の監視・軟禁状態に置き犯罪の抑止にあたる。

「刑を免除する」とは上記の趣旨と文言の通り、処罰阻却事由を定めたものである(政策説)。したがって、共犯には通常どおりの刑が課せられる。論点として、犯罪の実行が日をまたぐ場合に適用があるかが問題となるが、立案担当者は、同条が一日だけ解禁するという極めて限定的な例外を定めたものであることから、実行の着手から終了までの全てが同日に行われなければならないと説明する。

同条の導入に当たっては、次のような喧伝がされた。法で裁くことができない悪は存在する。その対処にあたりデスノートという手段は、ノートの所持者の恣意が大きく働き、「新世界の神になる」などと妄言が出てきてしまうという問題がある。しかも、そもそもそんなノートは実在しない。そこで、実際に悪に直面している者に事実の告発を委ね、それを社会全体で吟味することで恣意が排除される。公告には当事者の名前等が記載され、余程の事情がない限り積極的に利用されることはないであろう…!

導入初年度には、パワハラで一人息子を自殺で失った両親が上司を標的に公告を行った。それまで民事裁判でも一貫して事実と責任を認めてこなかった上司であったが、これが大きく取り上げられるに至り、私生活での不満を部下の一人に発散していたと認め、謝罪し、解決に動いた。その後、飲酒運転事故の遺族による公告など犯罪被害者による利用が何度かなされたが、「裁判で決着すべきこと」と反対論が生じ、「それなら公告を利用しなくていいように裁判をより機能させるべき」という話になり、司法改革がさらに進むこととなった。

制度開始から5年が経ち、最終的に殺人まで至った例はなく、一方で刑法犯罪等が減少傾向に転じ、犯罪・紛争予防に一定の効果があることがわかってきた。最初は「非人道的」と非難していた外国からも、視察が行われるようになった。この制度を題材とした映画やアニメも盛んに作られるようになった。中でも、いじめを受けていた少年が決死の覚悟で制度を利用する作品は、思春期の若者の心情を繊細に表現していたという点も評価を受け、大きくヒットした。少年が繰り返し自分に言い聞かせる言葉、上記のチャールズ・ワイルズの言葉が広く知られるようになった。

とある郊外の邸宅、ホームシアターでこの作品を鑑賞し終えた男性がいた。この男性こそ、本制度導入を進めた中心人物であった。ワイングラスを机に置き、余韻を楽しみながら悦に入る。ふふん、死神にも頼らず、一人も殺さずに犯罪抑止を実現する、自分は学生時代勉強はできなかったが、夜神月以上かもしれないなー。そのとき、携帯電話の着信音がけたたましく鳴り響いた。秘書からだ。今日はまる一日静かに休ませてくれといったのに、仕方がないな。

「大変です!今日の官報を見てください!先生に対して公告がされています!しかも数百人の連名ですよ!」

全身が震えるのを感じた。受話口に返す言葉も出てこない。なぜだ。自分が何をした。社会から重大犯罪を減らすのに貢献してきたのに。なぜなんだ。自分が理想として描いた社会は国民にとって不幸をもたらすのか。皆窮屈に生きているのか。彼は、走り出す。スーツも着崩れした状態で。消し忘れたホームシアターの画面には、誰も汚い言葉を使わない、上品なバラエティ番組が映っていた。

※続きません


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