あも&サチアキの交換日記

どうやら交換日記が続いているようです(祝何年目?

1日に三度の絶望を

2019-10-18 | from:sachiaki
自分でもバッカじゃないの、って思うんだけど
けっこう軽い刺激で絶望的な気持ちになるsachiakiです。

なんやよくしらんけど、とある謎界隈では
血液クレンジングなるものが流行っているそうですね。
そういや昔知り合いからも「やったらだいぶ楽になった」って聞いたことあるし、
その昔は自転車レースでも新鮮な酸素を取り込んでいる血液交換することで
高山のレース展開が有利になるということと
薬物のような痕跡が残らないから
かなり有効なドーピングであったという時代があったので
それなりに効果はあるんだろうなって思いつつ、
それをいわゆる自宅エステ的なものでやるリスクにドン引きしていたりするんだけど、
影響力のある誰かが「効果がある」といえば
何も考えずにホイホイお金を出せる人たちがいるんだなぁと
そんなことをボンヤリと考えていました。

まぁそれ自体は「ふーん」案件で済まそうと思っていたんだけど
頭の良さそうな人が
「金融や戦略コンサルとか機械学習エンジニアみたいな高学歴の
 血で血を洗うレッドオーシャンに飛び込むよりも
 血液クレンジングビジネスとか、一般人の知性のなさにつけ込んだ
 事業を展開するのが案外成功の道なのかもしれない」
と、のたまっているのを見て、
これぞ知性の敗北だなと血の気が引く気持ちでタイムラインを眺めておりました。

その人が言っていることはおそらく高確率で成功に導けるだろうし、
(成功とはなんなのだ!!!!!)
お金を持っている知能指数の低そうな人に
ビタミンサプリを売りつけたりするのと何ら変わらないと思っているけれど
人を騙し騙されて繁栄する経済なら滅んでしまえば良いって思うぐらいには絶望したし、
こんな世の中でしぶとく生きていようって気持ちにもならず
なんなんだろうな……って毛布かぶって般若心経を唱えずにはいられない心境です。

色即是空、空即是色。

1年のうちに何度かある吐き気だけが続くひどい気分の時期なのは
多分季節が移り変わり始めて気温が落ちているからなんだけど
先に述べたことを見かけたり聞いたりした時には
決まってとてつもない虚無が覆いかぶさってきて
もうこんな世界は嫌だって気持ちになります。

それでも生きていかざるをえない。

というのが世の常だから、心を強く持たなくてはいかんなぁ
って奮い立たせるんだけどね。

こんなことを書いていますけれど、基本元気です。
なんていうか、こんなにシンドイ気持ちにはなっていてても
友達もいるし、家族もいるし、また別の信頼するつながりがあるからで
こうった時に普段は「絆とかつながりとかって強調する人は苦手」と言いつつも
つながりのありがたさみたいなものを感じたりします。
本当、照れるからあんま言わないけれど
こんな面倒臭い私と関わってくれてありがとう
というのはいつも頭の片隅にあったりするのです。

「これが最悪だ」などと言えるうちは、まだ最悪ではない。

という名言もある通り、おそらくまだ打つ手はあるだろうし、
絶望させるような人たちに食われないように
せめて逃げ足だけは磨いておいた方が良いのだろうと思ったりしています。

性格的に攻めるというのはできないタイプなので。
勝つっていうのも好きじゃない概念だし。
なんでいまさらこんな生きづらいをまたこじらせているんだかw

ともかくやらなくてはならないことをやるのみです。
てことで今日はこの辺にて。モイモイ
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共感力がないわけじゃないけれど

2019-10-18 | from:sachiaki
右向け右はできないタイプのsachiakiです。

噂のネタ食とかは食いつく割に
話題の映画やドラマなどには疎い私ですが
本日は映画チケットをおごってもらっての映画鑑賞をしてきたのです。
観てきた映画はそれこそ話題沸騰している『JOKER』。

噂では「後味が悪い」だの「救いがない」だの言われていたので
どんだけ暗い映画なのかな?って思って覚悟していったんだけど、
なんていうか、そんなに悪いものでもなく
少しでも考えるクセがある人なら

狂っているのは俺か?それとも世界か?

なんてことはしょっちゅう思うし、
それこそ『けものがれ、俺らの猿と』なんてそういう映画だったし
不幸に重なり合うように不幸が重なることというのは世の常で
そんなもんでしょ。
って気持ちになってきました。





↓ここからネタバレ入るます。





なんていうか、障害を持っている人間っていうのは
そこはかとなく別次元の世界で生きてはいるけれど
間違いなく愛すべき隣人であり、
彼らがどんだけ気味の悪い存在に見えても
それをあざ笑ったりするのは滑稽だし、
反逆されても仕方ないことなのだよねと。
尊厳を踏みにじられればネズミだって猫を噛むのです。

ある意味ずっとJOKERの気持ちになりながら見られるので
自分のことを見下しバカにする人たちに対して
本当にこの人たちって「笑えるよな」って
同調して悪の心を植えつけられてしまう映画でありました。

ただ、彼の場合「笑える」と思って笑っているのではなく、
状況に似つかわしくない時に笑いがこみ上げてしまう
という症状を持っていて、そのせいでコミュニケーション不全が起きているし、
その症状を持つ原因となったことも幼少期の虐待によるものだと推察されるので
あまりにも不幸としか言いようがないところがあります。

またシリアルキラーのことを少しでも興味を持った人ならご存知の通り、
幼少期の頭部への外傷というものは深く脳へのダメージも与えてしまい
その人の人格を変えてしまうことさえあります。
ロシアの殺人鬼チカチーロなんかは殺人を犯す前に残虐な暴行を加えるけれど
それが良いことだと思い込んでいた、なんて話もあるし……。

かといって、この映画を完全肯定するわけにもいかない点として、
彼にとっての不幸が社会のとっての不幸となる布石が要所要所であり、
まぁだいたいの良くないことっていうのは
魔が差すことの連続性に歯止めがなかったから
っていうことがほとんどで、
まさに彼の生涯もその通りだったとしか言いようがなく
同情は禁じえないけれど、
だからと言って障害を持っている人や虐待されてきたサバイバーが
全員悪をなす人になるわけでもないことから
間違いなくこの作品で「悪を肯定する」かのような描かれ方には
ちょっとした嫌悪さえ覚えるものでありました。

作風というか、絵作りは完璧。
あんな綺麗なフィルム・ノワールが見られるなんて
現代に生まれてよかったなって思うぐらい。
シャープすぎない色合いから輪郭全てにおいて美しい。
主人公のJOKERを演じたホアキン・フェニックスの演技は
もう病的と言っても差し支えないぐらいドンピシャな喋り方、動き方、表情をするので
そのリアルさにはドキッとしてしまうぐらいです。
社会的に地位もなく、お金もなく、運もない、
その不幸を一身に背負った痩せギスの体のせいで
手足が人形的に強調され、
いっそう美しくダンスを映えさせるものとなっていました。
あんなに美しく描いてしまったら
社会現象も巻き起こしてしまいそうだよな、悪い意味で。
って思ったぐらいです。

ただただ圧巻としか言えない映画ですが
誰かが言っていたように、「悪に光を充てるように描く」ことは
あまりいいことだとは思えませんでした。
まぁ私は「バカなやつらは皆殺し」というフランス映画が好きなので
クライムロードムービーとかは喜んでみるくせに何が違うの?
といえば、「その影響力」という他ありません。

殺人鬼を描こうと悲しみのどん底を描こうと
それは表現の一つなので、私はそういったものが好きだし
全然OKだけど、それらを肯定していいとは思っていません。
なぜなら

世の中は思っている以上にバカだから。

に他ならないからです。

人のことをバカっていう方がバカなんだぞ。
っていうのは承知の上で、私みたいなバカがいるからこそ
それが根拠となって他の人間がバカの影響を受けないとは限らない
って思っているので危ういものは否定しておこうという気持ちになるのです。

金持ちや資本家への憎悪が膨れ上がっている昨今、
この映画で「自分たちの悪のヒーローが現れた」なんて1mmも思って欲しくない。
バットマンは非情かもしれないけれど、
私はバットマンの方を応援しちゃう。

ダークヒーローっていうのは非日常だから眩しいのです。
光なき時代になりつつある今
ダークヒーローはあまりふさわしいものだとは思えないので
とりあえず否定しておくぞ、という強い意志を残して今日の日記を締めようと思いますます。

そんじゃまた。モイモイ
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