チエちゃんには小学校の6年間、いいえ、もしかしたら、中学の3年間も、ずっと気になる存在の男の子がいました。
そうそれは、異性として好きという意味で。
彼の名は、杉本マサキ君。
マサキ君は、頭がよく、スポーツも万能で、カッコイイ男の子でした。
女の子の誰もが、あこがれるタイプです。
強いて難点を挙げれば、身長が低いことぐらいです。
杉本家は村長さんの親戚筋に当たり、村の商店街にお店を構える老舗の呉服屋さんで、マサキ君はその一人息子です。
彼は、男の子たちといつも遊び呆けており、そんなに勉強もしていない風なのに、成績はいつも学年でトップ。
どうやら負けず嫌いの性格らしく、何か出来ないことがあると、泣きながらも挑戦していたことが思い出されます。
また、中学ではバスケ部に所属し、身長の低さを頭脳プレーでカバーし、ロングシュートを得意として活躍、生徒会長も務めました。
チエちゃんは、自分の気持ちをマサキ君にも、誰にも打ち明けたことはありませんでした。親友のナオちゃんにさえ。
今どきは、幼稚園の頃から「○○君と○○ちゃんは両想い」と堂々と宣言している子が多いようですが、あの頃は小学生のうちからお付き合いをしているような子はいませんでした。
みつお君がチエちゃんに告白できなかったように、チエちゃんもマサキ君に告白などできなかったのです。
そして、そんな想いを誰かに知られたら、どうしようもなく恥ずかしく、そんな感情はおくびにも出さず、むしろ関係ないわという風を装っていたのでした。
それに、マサキ君は頭のいい久美ちゃんのことが絶対に好きだと勝手に決め付けていたのです。
中学を卒業し、チエちゃんは隣町のそのまた隣町の共学高へ、マサキ君は都市部の男子進学校へとそれぞれ進学しました。
時折、バス停で顔を合わせるたび、マサキ君はチエちゃんに向かって、手を上げ、ヨッ!とあいさつをしてくれるようになりました。
マサキ君はチエちゃんのことを認めていてくれたのだと解りました。
それは、恋愛の対象としてではなく、同じ時間、同じ空間を過ごした仲間として。
そして、この時すでに、
チエちゃんの胸の中にマサキ君は棲んではいなかったのです。
チエちゃんは、心の片隅で、いつかはこうなることをたぶん知っていたのです。
注:タイトルは「こいばな」と読んでください