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「団地」(2016年日本映画)

2016年06月11日 | 映画の感想・批評
 桂枝雀のSR(ショート落語)を思い出してしまった。母と子が夜空を眺めている。そこへ流れ星が。母が子に語りかける「さあ、何か願い事をなさい」。子がいう「一日も早くお父さんに会えますように」。母がたしなめる「そんなことを言っちゃダメ、お父さんには私たちの分も長生きして頂かなくては…」。
 大阪のよくある公営団地。そこへひと組の熟年夫婦が引っ越してくる。妻(藤山直美)は近くのスーパーでレジのパートをして働いているが、「手が遅い」といつも主任に罵倒されている。旦那(岸部一徳)は漢方薬の薬剤師らしいが、事情があって店をたたみ、いまは職もなく裏山に出かけては日がな薬草を集めている。そこへ、その漢方薬を愛用しているという浮き世離れした変な青年(斎藤工)が訪ねて来て、ようやく居所を突きとめたといい、とにかくあなたの作る漢方薬が自分の身体に合っているので調合してくれと無理を頼む。これが映画の出だしである。実はここに意味深長な伏線が敷かれているのだが、まあそれは見てのお楽しみだ。
 起承転結でいえば、承の部分が旦那の失踪。いや、旦那は失踪したわけでなくて団地の自治会長選挙で予想外の大差で敗北し、おまけに人望がないとまで陰口をたたかれたショックで引きこもってしまっただけなのだが、団地の人たちは妻が殺害して遺体を処理してしまったのではないかと、あらぬ噂を立てる。まるでヒッチコックの「裏窓」だ。妻が思わずつぶやく「団地は噂のコインロッカーや」がおかしい。
 大阪のおばちゃんたちの日常の生態を通してそこで暮らす人々のバイタリティが伝わってくるようだ。随所に散りばめられたくすぐりの数々は、さすが大阪育ちと思わせる阪本の自家薬籠中の極め技といえばよいか。場内から絶え間なくクスクス笑いが聞こえる。「俳優亀岡拓次」も「モヒカン故郷に帰る」も全く笑えなかった小生が、何度か吹き出してしまった。
 家族の喪失、共同体、プライバシー、児童虐待・・・そうしたテーマが渾然一体となって、枝雀もかくやと思わせるシュールな結末に至りつくのである。
 それにしても藤山直美が容貌から仕草まで父親(寛美)とそっくりになった。しかし、寛美は観客の反応を見てアドリブを利かせる天性の舞台人だったから少人数のスタッフを前にした映画撮影ではその本領を発揮できない名優だったが、直美はそこを超えたのではないかとひそかにニンマリしてしまった。(健)

監督・脚本:阪本順治
撮影:大塚亮
出演:藤山直美、岸部一徳、大楠道代、石橋蓮司、斎藤工