軍隊を退役後にFBI捜査官をしていたジョーは、現在は行方不明となった少女たちの捜索と奪還を仕事にしている。上院議員から売春組織に囚われている娘ニーナの救出を依頼され、彼女を救い出すために娼館に向かう。ハンマーひとつで敵の館を襲い、ニーナの救出に成功したジョーは、モーテルの一室で少女の父親が迎えに来るのを待っていた。テレビを見ていると少女の父親が自殺したという速報が入り、その直後に乱入してきた悪徳警官によって再び彼女を連れ去られてしまう。
この作品には登場人物の空間的な位置関係を示すエスタブリシュメント・ショットというものがない。いきなり冒頭からクロース・アップでつないでいるため、見ていて息苦しさを覚えるが、これは監督の狙いなのだろう。アクションシーンはバイオレンス描写が省略されているので、流血の場面が多い割には残酷な印象はあまりない。作品の随所に監督の個性が現れている。
一見、クライムサスペンス映画のように見えるが、実は重いトラウマを描いた作品。ジョーは子供の頃の虐待やFBI時代の過酷な任務の記憶に苛まれていて、しばしばパニック発作や自殺願望に襲われる。パニックになると過呼吸になるのだろうか、ビニール袋を頭からかぶり、内なる魔物が通り過ぎて行くのを待っている。ジョーの過去がフラッシュバックで何度も描かれ、観客は苦しみの源泉を垣間見るが、トラウマのくわしい説明はされていない。ニーナは幼少の頃から性的虐待を受けていて、虐待の苦しみを紛らわすために、数をカウントダウンするシーンが何度も出てくる。ジョーとニーナは共に過酷な体験を引きずっている似た者同士で、会った瞬間にお互いが同種の人間であることを嗅ぎ分けたに違いない。
ジョーはニーナと出会うことによって初めて自分のトラウマと向き合うことができた。殺された母を水葬する時に自分も死のうとするが、ニーナのことが脳裏をよぎり自殺を思い止まる。再びニーナの救出に向かった際に初めて過去と対峙し、「自分は弱かった」と涙を流す。ジョーはニーナに勇気づけられるように、生きる意欲を取り戻していく。
1960年代に「シベールの日曜日」というフランス映画があった。虐待やバイオレンスはないが、少女と男の関係はこの映画に似ている。あの映画は悲劇的な終わり方をしたが、この作品はハッピーエンドとは言えないまでも、ある種の希望を感じさせる。ラストは昼間のコーヒーショップ。夜のシーンが多い中で、昼の光にはすがすがしさがある。再び自殺衝動に駆られたジョーに、ニーナは「ビューティフル・デイ」と語りかける(邦題はこの台詞に由来する)。この作品は男が少女を悪の巣窟から救出する映画というよりも、少女がトラウマに苦しむ男に寄り添う映画。ジョーはニーナにリードされるように旅立ちを決意する。(KOICHI)
原題:You Were Never Really Here
監督:リン・ラムジー
脚本:リン・ラムジー
撮影:トーマス・タウンエンド
出演:ホアキン・フェニックス
エカテリーナ・サムソーノフ
この作品には登場人物の空間的な位置関係を示すエスタブリシュメント・ショットというものがない。いきなり冒頭からクロース・アップでつないでいるため、見ていて息苦しさを覚えるが、これは監督の狙いなのだろう。アクションシーンはバイオレンス描写が省略されているので、流血の場面が多い割には残酷な印象はあまりない。作品の随所に監督の個性が現れている。
一見、クライムサスペンス映画のように見えるが、実は重いトラウマを描いた作品。ジョーは子供の頃の虐待やFBI時代の過酷な任務の記憶に苛まれていて、しばしばパニック発作や自殺願望に襲われる。パニックになると過呼吸になるのだろうか、ビニール袋を頭からかぶり、内なる魔物が通り過ぎて行くのを待っている。ジョーの過去がフラッシュバックで何度も描かれ、観客は苦しみの源泉を垣間見るが、トラウマのくわしい説明はされていない。ニーナは幼少の頃から性的虐待を受けていて、虐待の苦しみを紛らわすために、数をカウントダウンするシーンが何度も出てくる。ジョーとニーナは共に過酷な体験を引きずっている似た者同士で、会った瞬間にお互いが同種の人間であることを嗅ぎ分けたに違いない。
ジョーはニーナと出会うことによって初めて自分のトラウマと向き合うことができた。殺された母を水葬する時に自分も死のうとするが、ニーナのことが脳裏をよぎり自殺を思い止まる。再びニーナの救出に向かった際に初めて過去と対峙し、「自分は弱かった」と涙を流す。ジョーはニーナに勇気づけられるように、生きる意欲を取り戻していく。
1960年代に「シベールの日曜日」というフランス映画があった。虐待やバイオレンスはないが、少女と男の関係はこの映画に似ている。あの映画は悲劇的な終わり方をしたが、この作品はハッピーエンドとは言えないまでも、ある種の希望を感じさせる。ラストは昼間のコーヒーショップ。夜のシーンが多い中で、昼の光にはすがすがしさがある。再び自殺衝動に駆られたジョーに、ニーナは「ビューティフル・デイ」と語りかける(邦題はこの台詞に由来する)。この作品は男が少女を悪の巣窟から救出する映画というよりも、少女がトラウマに苦しむ男に寄り添う映画。ジョーはニーナにリードされるように旅立ちを決意する。(KOICHI)
原題:You Were Never Really Here
監督:リン・ラムジー
脚本:リン・ラムジー
撮影:トーマス・タウンエンド
出演:ホアキン・フェニックス
エカテリーナ・サムソーノフ