シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

「プライベート・ウォー」(2018年 イギリス=アメリカ)

2019年11月13日 | 映画の感想、批評
 英国を代表する高級紙タイムズ。その日曜版サンデー・タイムズの戦争特派員として名を馳せたメリー・コルヴィンの最期を描いた問題作である。
 2001年、メリーは編集長の反対を押し切って内戦下のセイロン島に飛ぶが、そこで戦闘に巻き込まれ左目を失う。隻眼なんてサミー・デーヴィス・ジュニアかダヤン(イスラエルの国防相)だと冗談をいいながら、黒いアイパッチを愛用することになる。これが何ともカッコイイ。
 男性記者でも躊躇するような激戦の修羅場に突撃するスタイルは当時から伝説だったようだが、こういう破天荒で規律を守ろうとしない部下には編集長もほとほと手を焼くのだ。しかし、戦場に対する異常な関心は彼女の繊細な感受性と関係があるのかもしれない。この世の地獄を見た彼女の心は次第に蝕まれていくのである。
 しかし、そんなことで挫けてはいられない。イラクやアフガニスタン、リビアと次々に中東の紛争地を駆けずり回る彼女に見込まれたカメラマンが、ポール・コンロイだ。
 そのコンロイとシリアのホムスに潜入する。父親から政権を承継したアサド大統領の強権的な内政運営に反発する反政府勢力が内戦の火蓋を切り、アサドは彼らをテロリストと呼んで政権の正当性を内外に主張する。あくまで内戦ではなくテロリスト制圧のための戦闘だと言い張るのだ。
 真実を確かめたいと反政府軍の拠点に入ったふたりが眼にしたものは政府の攻撃にさらされて家族の命を奪われ、為す術もなく途方に暮れる市井の人びとの姿だった。戦闘が激烈を極める中で、編集長が「撤収しろ」と命じるのを聞かず、彼女は世界に向けてTVレポートをつづけ、アサドは嘘をついていると言いきるのである。その中継をサンデー・タイムズ紙の編集室で固唾を呑んで見守る同僚たちのうしろで、テレビに映るメリーの勇姿に例の編集長が思わず目を潤ませるところがいい。同時に彼女のよき理解者である富豪の伴侶が不安を募らせるようにTVの前でたたずむのもいい場面だ。
 その直後、政府軍の猛攻撃に見舞われたメリーとポールは逃げ場を失って瓦礫の中に倒れる。前方に横たわるメリーに這々の体でたどり着いたポールは、天も裂けよとばかりに慟哭するのである。2012年2月22日、メリー・コルヴィンは56歳の生涯を閉じた。まさしく紛れもない戦死であった。「個人的な戦争」が意味するところに思いを馳せながら、この映画を見てほしい。
 製作にシャーリーズ・セロンが名を連ね、迫真の戦闘場面を撮る名手ロバート・リチャードソンのカメラワークに注目を。(健)

原題:A Private War
監督:マシュー・ハイネマン
原作:マリエ・ブレンナー
脚色:アラッシュ・アメル
撮影:ロバート・リチャードソン
出演:ロザムンド・パイク、ジェイミー・ドーナン、スタンリー・トゥッチ、トム・ホランダー