ある朝、一代で財をなしたアメリカのミステリ作家がお城のような屋敷で、コレクションのナイフを片手に首を切って死んでいるのが発見される。通報を受けた警察は当時屋敷にいた故人の親族から事情聴取を始める。前夜は故人の85歳の誕生パーティが開かれ、高齢の母親、長女夫婦と放蕩息子、次男夫婦と十代の息子、長男の未亡人と大学生の娘、訪問看護師、家政婦が一堂に会していた。匿名の調査依頼を受けた探偵が警察の協力要請もあって乗り込んでくる。自殺と見る警察に対して、探偵は莫大な相続財産をめぐって親族の誰かが殺したと踏んでいるのだ。事実、故人と残された親族の間には個々に確執が存在したのある。果たして自殺か他殺か。他殺であれば真犯人は誰か。
ひとことでミステリといっても、松本清張やクロフツなどのリアリズム派から、クリスティやクイーンの謎解き(パズラー)派まで様々だ。そういう点でこの映画は後者、すなわち反リアリズムのお遊び的な要素が強いミステリとなっている。故人はゲームも手がけていたそうだから、ゲーム的な趣向を凝らしていると見るべきだ。そこを踏まえないで真面目に見てしまうと、突っ込みどころ満載で、面白さが半減してしまう。
故人に可愛がられ信頼されていた南米からの移民の訪問看護師がキー・パーソンとなっているが、彼女には嘘をつくと嘔吐癖があるという設定があって、それを現実離れしていると見る人には、そもそもこの映画は不向きだろう。これはゲーム的なミステリの定石ともいえるある種のお約束ごとであり、この条件が物語を面白くし、盛り上げるのに貢献しているといってもよい。
しかも、反移民的な思考や差別、偏見を正面から批判する姿勢は社会派の一面を覗かせる。明らかにトランプの移民政策を非難しているのである。
この種の映画のお決まりどおり観客の期待を裏切らず、話は二転三転して一筋縄では解けないストーリー展開となっていて飽きさせない。登場人物たちの証言内容と対比させるように、本当は何が起こったかを観客だけに小出しに見せるという工夫も成功している。ダニエル・クレイグ扮する探偵がその名声とは裏腹に一族に振り回されて一向に真実に近づけぬ凡庸さをさらけ出し、観客を含めたみんなを油断させるのだが、終盤で一転鋭い推理を駆使して真相に迫る変貌ぶりが面白い。(健)
原題:Knives Out
監督・脚本:ライアン・ジョンソン
撮影:スティーヴ・イェドリン
出演:ダニエル・クレイグ、クリス・エヴァンス、アナ・デ・アルマス、ジェイミー・リー・カーチス、クリストファ・プラマ、マイケル・シャノン