毎年8月を迎えると、戦争に関わる作品が上映されることが多くなる。6日と9日の原爆投下、そして15日の終戦と、日本人として忘れていけない戦争の悲惨さ、平和の尊さ、そして命の大切さを改めて感じる大事な時期だ。今年の外国映画で注目したいのがこの作品。ヨーロッパで最も題材として取り上げられるのはヒトラー率いるナチ・ドイツだが、この作品の舞台は隣国のオーストリアのウィーン。1938年3月13日、当時の首相シュシュニックの抵抗も空しく、オーストリアはドイツに併合されるのだが、その前年、併合に街中が揺れていたウィーンに17歳のフランツが田舎からやってくる。向かうのは母親の知り合いが営んでいるというタバコ店。そこで住み込みで働こうというのだ。
原題にもなっているこのタバコ店にまず注目。そこはタバコだけでなく文房具や新聞も売られていて、高級葉巻を買いに来る紳士淑女から、共産党系の新聞を読む労働者、文房具を見に来る女の子など、様々な客が訪れる。一つの情報センターともいえる場所で、ローベルト・ゼーターラーの原作の日本題が「キオスク」なのは何とも粋。
人は一生で3人の偉大な「師」と出会えるという。多感な17歳の少年の成長にまず大きな影響をあたえたのはこの店の主人。先の大戦で片足を無くし苦労をしてきたと思われるが、気骨のある人間で、顧客の願望を満たすポルノ雑誌は密かに売っていても、ナチスの新聞は置かない。迫害を受けていたユダヤ人とも分け隔てなく接し、フランツには「新聞を毎日、全紙読むように」と、世の中の動きを知ることの大切さを教える。
もう1人は特別な顧客、精神科医として世界的に知られるジークムント・フロイト教授。恋の悩みを抱えたフランツの良き相談相手になってくれる。この実在の人物、フロイト教授を演じるのがドイツの名優ブルーノ・ガンツ。2019年2月惜しくも故人となったが、遺作となった本作ではユダヤ人であるが故にナチスから追われ、また病と闘いながらも、純な少年の人生に彩りが与えられるように処方する「人生の師」を見事に演じた。
フロイトと言えば、マルクスの「資本論」、ダーウィンの「種の起源」と並んで世界の革命書として有名な「夢判断」を書いた人物。人間の精神には無意識(リビドー)というもう一つの心があり、それを知るには夢の分析をすることが重要だと考えた。ニコラウス・ライトナー監督はその点を重視し、幾度となく夢のシーンを登場させ、フランツの心の中を探ろうとする。この「夢のメモ」、何とも面白い。フロイトについてもっと知りたくなった。自分もさっそく今夜から始めてみることにする。
(HIRO)
原題:Der Trafikant(英題:The Tobacconist)
監督:ニコラウス・ライトナー
脚本:クラウス・リヒター、ニコラウス・ライトナー
撮影:ヘルマン・ドゥンツェンドルファー
原作:ローベルト・ゼーターラー「キオスク」
出演:ジーモン・モルツェ、ブルーノ・ガンツ、ヨハネス・クリシュ、エマ・ドログノヴァ、レジーナ・フリッチ