シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

「おかあさんの被爆ピアノ」(2020年 日本)

2020年08月19日 | 映画の感想・批評
 1945年8月6日午前8時15分、未明にテニアン環礁から飛び立った米軍機エノラゲイは、広島に史上初めての原子爆弾を投下した。広島の上空約600mで爆発し、火の玉となり、爆風が街を破壊し、熱線が人びとに襲いかかり、放射能を浴びせ、年内に14万人の命を奪った。
 佐野史郎演じる矢川光則は実在の人で、広島の被爆二世のピアノ調律師だ。広島で被爆したピアノを託され、修理・調律して、自ら4tトラックに積んで、現在も全国に被爆ピアノの音色を届けて回っている。矢川ピアノ工房HPによると、原爆投下時、爆心地より3km以内で原爆の爆風・熱線・放射能等の被害を受けたピアノを被爆ピアノという。
 映画のもう一人の主人公・江口奈々子は、幼稚園教諭を目指す大学生だが、戦争・広島のことは知らないし、関心もなかった。ある日、母の久美子が隠していた被爆ピアノコンサートの招待状を見つけ、コンサートに出かけ矢川に出会う。母が矢川に寄贈したピアノは、母の実家、ピアノの先生をしていた広島の祖母の家にあったピアノだった。広島のことを何も話してくれない母に反発した奈々子は、次の被爆ピアノコンサートに出かけ、一緒に広島に連れて行って欲しいと矢川に無理矢理頼む。被爆二世の矢川には、久美子がなぜ広島から出て行ったのか、娘の奈々子に何も話さないのか、同じ被爆二世の久美子の気持ちが分からないでもない。だが奈々子の熱意に負けて、広島まで同乗させる。
 戦後75年、日本では戦後生まれが人口の85%を占めるようになった。被爆地広島の小中学生の40%以上が、8月6日が何の日か答えられなくなっているという。映画の中で広島から帰ってきて奈々子に「何か分かったか?」という父・公平の問いに「分かった。私が広島のことを何も知らないことが分かった」と答えるシーンがある。戦争の記憶が風化していく中で、この「被爆ピアノ」の存在と「被爆ピアノコンサート」での模様などを通して、何も知らなかった、関心がなかった現代の若者に、知ることから始めて、考えるきっかけとなり、平和を願う気持ちを持ち続けてほしいというメッセージが静かに伝わってくる。
 さて、2017年7月に国連で採択された核兵器禁止条約は、50カ国が批准して90日後に発効する。広島原爆投下から75年目の今年8月6日、アイルランド、ナイジェリア、ニウエの3カ国が批准し43カ国となった。発効に必要な50カ国まであと7カ国。唯一の戦争被爆国である日本の政府はいつまで背を向けるつもりなのか。(久)

監督:五藤利弘
脚本:五藤利弘
撮影:藍河兼一
出演:佐野史郎、武藤十夢(AKB48)、森口遥子、宮川一朗太、南壽あさ子、大桃美代子、谷川賢作