80歳を越えたマルコ・ベロッキオが渾身の力を振り絞って実録ものの社会派大作を世に問うたのがこの秀作である。
20世紀末から21世紀初頭にかけて、イタリアの首相をも巻き込んだシチリア・マフィアの醜聞をご記憶だろうか。その一部始終が150分を越す長尺で描かれる。
主人公はパレルモの裏社会を生きるブシェッタという男。シチリア社会の血の結束として生まれた共同体コーザ・ノストラの一員である。貧しい農村地帯の相互扶助的な色合いの強かった組織がやがて麻薬取引を仕切るようになって富を築く。そこからアメリカへ渡った者たちはマフィアと呼ばれた。しかし、地元に残った者は自らをコーザ・ノストラと称して誇りとした。
ブシェッタがブラジルに隠遁している間に組織内の主導権争いが起き、パレルモに残した息子をはじめとする親族・親戚を次々と殺される。かれもまたブラジルの官憲に逮捕され拷問を受けるも決して組織の内情について口を割らなかった。そこで、本国に強制送還となり、担当するのがファルコーネ判事である。ブシェッタはいつしか判事と心を通わせるようになり、ついに全てを告白するのである。
ファルコーネは実在した判事だが、この名前で思い出すのは、かつて三島由紀夫が絶賛したプロスペル・メリメの傑作短編「マリオ・ファルコーネ」だ。シチリアに材をとったこの短編は、たとえ幼児であっても裏切りに加担した者は容赦なく処刑するという冷厳な掟を描いて、私もまた一読驚嘆し、大きな衝撃を受けた。何という偶然だろう。
この映画でも、邪魔者、裏切り者(原題)と認定された一族は長幼を問わず20親等まで殲滅するという冷酷さ。その血を根絶やしにするのだという。あの秀吉も真っ青だ。
イタリアの司法には馴染みがないとはいえ、ずいぶんいい加減というか、未決囚はテレビ付き個室で自由を謳歌している。裁判は関係する被告が出廷を許され、野次と怒号の中で審理が行われるから裁判官はまず声が大きくないと務まらない。しかし、さすが古代ローマ帝国の国だけあって自己主張には長けていて議論は尽きない。被告同士が罵り合い、侃々諤々とやり合う。自己主張が苦手で同調圧力の強い日本人は少し見習うとよい。
「ライフ・イズ・ビューティフル」などで知られるイタリア映画音楽の第一人者ニコラ・ピオヴァーニのテーマ曲が随所に流れて、「ゴッドファーザー」を彷彿とさせ哀愁に満ちている。(健)
原題:Il traditore
監督・原案・脚本:マルコ・ベロッキオ
脚本:ルドヴィカ・ランポルディ、ヴァリア・サンテッラほか
撮影:ヴラダン・ラドヴィッチ
出演:ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ、ルイジ・ロ・カーショ、ファウスト・ルッソ・アレジ
20世紀末から21世紀初頭にかけて、イタリアの首相をも巻き込んだシチリア・マフィアの醜聞をご記憶だろうか。その一部始終が150分を越す長尺で描かれる。
主人公はパレルモの裏社会を生きるブシェッタという男。シチリア社会の血の結束として生まれた共同体コーザ・ノストラの一員である。貧しい農村地帯の相互扶助的な色合いの強かった組織がやがて麻薬取引を仕切るようになって富を築く。そこからアメリカへ渡った者たちはマフィアと呼ばれた。しかし、地元に残った者は自らをコーザ・ノストラと称して誇りとした。
ブシェッタがブラジルに隠遁している間に組織内の主導権争いが起き、パレルモに残した息子をはじめとする親族・親戚を次々と殺される。かれもまたブラジルの官憲に逮捕され拷問を受けるも決して組織の内情について口を割らなかった。そこで、本国に強制送還となり、担当するのがファルコーネ判事である。ブシェッタはいつしか判事と心を通わせるようになり、ついに全てを告白するのである。
ファルコーネは実在した判事だが、この名前で思い出すのは、かつて三島由紀夫が絶賛したプロスペル・メリメの傑作短編「マリオ・ファルコーネ」だ。シチリアに材をとったこの短編は、たとえ幼児であっても裏切りに加担した者は容赦なく処刑するという冷厳な掟を描いて、私もまた一読驚嘆し、大きな衝撃を受けた。何という偶然だろう。
この映画でも、邪魔者、裏切り者(原題)と認定された一族は長幼を問わず20親等まで殲滅するという冷酷さ。その血を根絶やしにするのだという。あの秀吉も真っ青だ。
イタリアの司法には馴染みがないとはいえ、ずいぶんいい加減というか、未決囚はテレビ付き個室で自由を謳歌している。裁判は関係する被告が出廷を許され、野次と怒号の中で審理が行われるから裁判官はまず声が大きくないと務まらない。しかし、さすが古代ローマ帝国の国だけあって自己主張には長けていて議論は尽きない。被告同士が罵り合い、侃々諤々とやり合う。自己主張が苦手で同調圧力の強い日本人は少し見習うとよい。
「ライフ・イズ・ビューティフル」などで知られるイタリア映画音楽の第一人者ニコラ・ピオヴァーニのテーマ曲が随所に流れて、「ゴッドファーザー」を彷彿とさせ哀愁に満ちている。(健)
原題:Il traditore
監督・原案・脚本:マルコ・ベロッキオ
脚本:ルドヴィカ・ランポルディ、ヴァリア・サンテッラほか
撮影:ヴラダン・ラドヴィッチ
出演:ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ、ルイジ・ロ・カーショ、ファウスト・ルッソ・アレジ