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「82年生まれ、キム・ジヨン」(2019年 韓国)

2020年11月04日 | 映画の感想・批評

 原作は韓国で2016年に刊行され、発売されるや多くの女性の共感を呼びミリオンセラーとなった。世界22ヵ国・地域でも翻訳され、2018年には日本語版も刊行された。キムは韓国で最も多い姓で、ジヨンは1982年生まれの女性に一番多い名前だそうだ。ありふれた名前を持ったことで、悩み、心が傷つき病んでいるのは主人公キム・ジヨン一人の特別な物語ではなく、キム・ジヨンはどこにでもいるという思いが伝わり、世界の多くの女性読者の心を掴んだのだ。
 韓国でも正月と盆は一家が集まる大切な祝祭日である。キム・ジヨンが大学の先輩だった夫のデヒョンと2歳の娘アヨンとともに、釜山の夫の実家へ帰省するところから映画は始まる。最近ジヨンの調子が良くないことを心配するデヒョンは帰省を中止しようと言ってくれるが、嫁の立場ではそうはいかない。帰省を終えて帰ろうとしたところへデヒョンの姉一家が帰省して来る。食事の用意を始めたジヨンが突然「うちのジヨンを実家に帰してください」と言い出す。ジヨンの母そのものの口調で、デヒョンが心配していた現象だった。
 戸主制度が廃止された韓国だが今も男児が大切にされる傾向がある。姉と弟の3人姉弟で育ったジヨンの子どもの頃から、父方の祖母や叔母は特に弟を可愛がってきた。義母や義姉がアヨンに「女の子は可愛い」と何度も言う場面があるが、「早く男の子を産みなさいよ」と暗に催促しているのではと勘繰ってしまう。
 大学を卒業して就職しても、女というだけで昇進は見込めない。さらに、結婚・出産・子育てはそれまで培ってきたキャリアを中断、あるいは捨てさせる。子育てのため退職したジヨンも社会に取り残された気分に陥り次第に心が壊れていき、夫の実家で憑依という形で現れた。面と向かって口に出せず胸にため込んできた不平不満、その他諸々の思いやストレスを吐き出すのに、憑依という他人が乗り移るというか他の人格に変わる形で、女性の生きづらさを可視化した。優しさゆえに空回りしたこともあるデヒョンだが、ジヨンを通して娘アヨンの将来を考えれば、社会は変わらなければと気づいたはずだ。
 映画ではジヨンの精神科医は女性だが、原作では男性だ。本の最後で彼が書いたカルテの言葉を読んだ時、「ジヨンの何を診てきたのか」と失望し、腹立ちとも諦めともつかない気分になった。原作者は簡単には変わらない、甘くない現実社会を書いた。だが映画は原作とは違うラストを用意している。ぜひ原作も併せて読んでほしい。(久)

原題 :82년생 김지영
監督:キム・ドヨン
脚本:ユ・ヨアン
原作:チョ・ナムジュ
撮影:イ・ソンジェ
出演:チョン・ユミ、コン・ユ、キム・ミギョン、コン・ミンジョン、キム・ソンチョル、イ・オル、リュ・アヨン、イ・ボンリョン