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「バニー・レークは行方不明」(1965年 イギリス)

2021年06月02日 | 映画の感想・批評
 まだ高校生のころに日曜洋画劇場でこの映画を見て感心した。実は現在DVDが流通していない。それを先週NHKのBSが放映してくれた。
 オーストリー出身のオットー・プレミンジャー監督はナチを嫌ってハリウッドへ逃れた。同郷渡米組のビリー・ワイルダーが独墺の大先輩エルンスト・ルビッチの薫陶を受けたのに対して、プレミンジャーは同じ大先輩でもフリッツ・ラングの影響を受けて、生来の反骨から映画倫理コードすれすれの問題作を連発し、お騒がせ男となった。社会派の一面を見せるかたわら、フィルム・ノワールにも才能を発揮してラングばりの陰影のある秀作を残している。
 この映画はフィルム・ノワールの残り香ともいえる後期の代表作である。
 冒頭、ロンドンの借家で兄が引越業者にあとを指示して仕事に出かける。妹は4歳になる娘バニー・レークをひとまず保育園に預け、午後に迎えに行くが、娘が一向に出てこない。担任にきこうとすると、園児を送り出したあと歯医者に行ってしまっていないという。苛立ったアンは兄を呼ぶが、要領を得ない園の説明に我慢も限界となった兄が警察に通報する。
 そこで、さっそうと登場するのがロンドン警視庁の警視、ローレンス・オリヴィエである。兄妹とバニーはニューヨークから船でロンドンに越してきたらしい。アンは未婚の母で、つき合っていた男の子の子どもを身ごもってしまったが、兄が別れさせたのだという。
 警視は兄妹に事情を聞くうちに、ある疑惑を抱く。ここがこの映画のうまいところで、たしかに、バニーという名は何度も台詞に出てくるけれど、映画が始まって以来ずっと、いっさい画面に登場しない。しかも、自宅からバニーの持ち物が忽然と消え失せ、存在の痕跡すらつかめないのである。果たしてバニー・レークは実在するのか。
 アメリカの心理サスペンスを主眼としたミステリの映画化にあたって、舞台がニューヨークからロンドンに変えられた。霧の都の、ちょっとかび臭いような佇まいが深まる謎と馴染んで成功したと思う。失踪が狂言なのか事実なのか、空想か現実かという興味を喚起するために、わざとロンドンの人形修理屋に並ぶおびただしい数のセルロイド人形を見せたり、思わせぶりな演出で観客を煙に巻くあたりはみごとだ。
 配給のコロンビアは、神経症的な主人公アン役にジェーン・フォンダを推薦したそうだが、プレミンジャーはキャロル・リンレーに強く拘った。その兄役も無名に近いケア・デュレアを起用した。スタンリー・キューブリックがこの映画を見て「2001年宇宙の旅」の主役にデュレアを抜擢したのは有名な話だ。 
 DVD化されたときには是非ご覧いただきたい。(健)

原題:Bunny Lake Is Missing
監督:オットー・プレミンジャー
原作:イヴリン・パイパー
脚色:ジョン・モーティマー、ペネロープ・モーティマー
撮影:デニス・クープ
出演:ローレンス・オリヴィエ、キャロル・リンレー、ケア・デュレア、ノエル・カワード