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手元の資料によれば、2012年パリでの初演以来、ロンドンのウエストエンドやニューヨークのブロードウェイ等、世界30カ国以上で上演され、各国の最も権威ある賞を受賞、日本でも橋爪功、若村麻由美の共演で話題となった舞台の映画化。監督はこの舞台のオリジナル戯曲を手がけたフロリアン・ゼレール。2014年、フランスの演劇界では最高位とされるモリエール賞最優秀作品賞を受賞。一流プロデューサーたちの働きかけもあり、自身初となる長編映画の監督に挑戦する。
主役を演じるのは「羊たちの沈黙」であの狂気のレクター博士を演じ、アカデミー賞主演男優賞を受賞したアンソニー・ホプキンス。映画化に当たり、監督はたっての希望が叶い、主人公の名前や年齢、誕生日までホプキンスと同じ設定にして脚本を練り直したというから、思い入れは相当なもの。ホプキンスはその期待に見事に応え、認知症を患い、少しづつ自分を失っていく父親を、パン職人だった自らの父親を思い出しながら演じたという。その表現力の素晴らしさには、二度目のオスカー受賞も誰もが納得できるというもの。
娘のアンには「女王陛下のお気に入り」でアカデミー賞主演女優賞を受賞したオリヴィア・コールマン。自分が娘であることさえわからなくなってきている父の世話をするべきか、自分の人生を新しいパートナーと共に生きるか、葛藤する姿をリアルに演じている。
主なキャストはわずか6人。そのうちの何人かは複数の役を演じていることが後でわかってくる。観客はアンソニーのアパートに入ったときから、まるで迷路の中に入り込んだような気分になり、常に緊張感あふれる画面から抜け出せなくなる。明らかに容姿が異なるアンが出現したときには、これは一体どういうこと?!と戸惑ってしまうが、徐々に今映し出されているのはアンソニーの曖昧な記憶をつなぎ合わせてできあがったものだということに気づいてくる。それが現実なのか、父親の幻想なのかわからないように実に巧妙に演出されているので、見る者はますます目が離せなくなるのだ。これは舞台では表現できない映画の醍醐味。さらに居心地のよかったアパートが少しずつ姿や色が変化していくところも、迷宮度が増す結果となっている。
自分の「確かさ」が侵されていくことに気づいたとき、その不安とはいったいどれほどのものがあるのだろう。確かさの象徴とも言うべき腕時計を探すアンソニーを見ながら、自分の身辺で起こった出来事を思い出す。精神は子どもに還り、さらに安らぐ母親の胎盤を求めて・・・。いずれはたどり着く道ながら、人間としての儚さと、現状を受け入れ生きていく切なさを痛感して涙。
(HIRO)
原題:THE FATHER
監督:フロリアン・ゼレール
脚本:クリストファー・ハンプトン、フロリアン・ゼレール
撮影:ベン・スミサード
出演:アンソニー・ホプキンス、オリヴィア・コールマン、マーク・ゲイティス、イモージェン・プーツ、ルーファス・シーウェル、オリヴィア・ウィリアムズ