1987年7月スペインの修道院が舞台。アモルト神父(ラッセル・クロウ)は、ある少年の悪魔祓いを依頼される。急ぎ駆け付けた修道院は、とても古く庭も荒れたままでとても不気味。少年の姉と母、その修道院の若き神父(ダニエル・ゾバット)がいるだけ。少年は、既に、悪魔がのりうつり、手が付けられない状態。どうしたものか思慮するアモルト神父は、悪魔の正体を掴む為、若き神父とその修道院の調査を開始する。地下に隠れ部屋を見つけ、奥深く進んでいくと、そこには、かつて行われた宗教裁判の記録が・・・。果たして、少年の命は救われるのか、家族に平和な時は戻るのか・・・。
オフィシャルサイトによると、アモルト神父とは、“カトリック教会の総本山ヴァチカンのローマ教皇に仕え、生涯で数万回の悪魔祓いを行った実在のチーフ・エクソシスト”との解説がある。依頼の98%は病気で、2%が本当の悪魔祓いだと劇中でも会話があったが、その件数の多さに驚いた。
本作は、本家「エクソシスト」のあの有名なシーンも登場するが、ワンシーンぐらいで、ホラーというよりは、ベテランと若手がタッグを組んで難事件を解決という「刑事モノ」の様だった。教皇が、二人に向かって、こういった悪魔祓いが必要な場所が200ヵ所あって、残り199ヵ所を君達に行ってもらおうと言ったラストシーンが、それを印象付けた。後半は、悪魔vs神父の闘い。悪魔は、完璧な人間であるとされる神父のそうでない面がある筈だとして、そこを突こうとする。だが、神父は、そこは聞かないようにしようとする。要は、悪魔祓いという舞台で、人間も悪魔も、自分達の内面でそれぞれ葛藤と闘い、それぞれの中で、納得が得られた方が勝つということだろうか。
「エクソシスト」というタイトルでオカルトを想像するが、全くのアクション映画として捉えれば、充分に楽しめる作品だった。ラッセル・クロウは安定の上手さ。時にはシリアス演技に、時にはコミカル演技に、テクニカルに使い分けている感じがする。ラッセル・クロウを観る為に観るというのもありかもしれない。
(kenya)
原題:「The Pope’s Exocist」
監督:ジュリアス・エイバリー
脚本:マイケル・ペトローニ、エバン・スピリオトポウロス
撮影:カリッド・モタセズ
出演:ラッセル・クロウ、ダニエル・ゾバット、アレックス・エッソー、フランコ・ネロ
オフィシャルサイトによると、アモルト神父とは、“カトリック教会の総本山ヴァチカンのローマ教皇に仕え、生涯で数万回の悪魔祓いを行った実在のチーフ・エクソシスト”との解説がある。依頼の98%は病気で、2%が本当の悪魔祓いだと劇中でも会話があったが、その件数の多さに驚いた。
本作は、本家「エクソシスト」のあの有名なシーンも登場するが、ワンシーンぐらいで、ホラーというよりは、ベテランと若手がタッグを組んで難事件を解決という「刑事モノ」の様だった。教皇が、二人に向かって、こういった悪魔祓いが必要な場所が200ヵ所あって、残り199ヵ所を君達に行ってもらおうと言ったラストシーンが、それを印象付けた。後半は、悪魔vs神父の闘い。悪魔は、完璧な人間であるとされる神父のそうでない面がある筈だとして、そこを突こうとする。だが、神父は、そこは聞かないようにしようとする。要は、悪魔祓いという舞台で、人間も悪魔も、自分達の内面でそれぞれ葛藤と闘い、それぞれの中で、納得が得られた方が勝つということだろうか。
「エクソシスト」というタイトルでオカルトを想像するが、全くのアクション映画として捉えれば、充分に楽しめる作品だった。ラッセル・クロウは安定の上手さ。時にはシリアス演技に、時にはコミカル演技に、テクニカルに使い分けている感じがする。ラッセル・クロウを観る為に観るというのもありかもしれない。
(kenya)
原題:「The Pope’s Exocist」
監督:ジュリアス・エイバリー
脚本:マイケル・ペトローニ、エバン・スピリオトポウロス
撮影:カリッド・モタセズ
出演:ラッセル・クロウ、ダニエル・ゾバット、アレックス・エッソー、フランコ・ネロ