シネマ見どころ

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「夜を走る」(2021年 日本映画)

2023年08月16日 | 映画の感想・批評
 京都の九条通り、近鉄東寺駅から歩いてすぐのところにミニシアター「みなみ会館」がある。京都は日本のハリウッドと称された映画撮影のメッカでもあったので、むかしから映画文化の栄えた土地である。そういう背景もあって人口規模に比してミニシアターが4つもあるという激戦地でもある。
 その一角を担ったみなみ会館が9月いっぱいで閉館するという悲報が伝えられた。もともと地場の鉄のリサイクル会社が経営母体であったから異業種といえばいえるので、近年東京から進出してきたミニシアターの攻勢もあって興行に苦戦したのだろう。残念というほかない。
 今回取り上げる映画はみなみ会館の「さよなら興行」といえる1本である。公開は昨年の春だから新作ではないけれど、2022年度キネマ旬報ベストテンでは第12位と健闘している。
 舞台となる千葉県の武蔵野金属という鉄のスクラップ会社は実在しており、撮影に全面的に協力していて、推測するにみなみ会館での特別上映はそういう縁があってのことかもしれない。
 この映画に登場する人々は何かの問題や心の闇を抱えていながら、表面的には何事もない平々凡々とした日常の中に埋没しつつ生きている。
 武蔵野金属の営業担当の秋本という40歳ぐらいの男は真面目一方の遊びを知らない独身者で、地道にこつこつ営業活動に励むのだが要領が悪いのか、まったく成果が上がらない。毎日のように居丈高な専務から一方的に罵詈雑言を浴びせられても言い訳ひとつしない。解体担当の谷口は、口先ばかりでろくに仕事をしない専務を快く思っていないので、言われっぱなしの秋本がじれったくてしようがない。かれ自身も若いながら幼い子を抱えているが、女房との間は険悪で毎日がおもしろくない。
 映画が俄然あわただしく動き出すのは、ある事件がきっかけとなる。
 谷口は秋本を励ますために呑みに連れ出すが、その帰り道に新規開拓の営業で昼間に会社を訪れていた若い女性とぱったり出会う。かの女は専務に色目を使われて今まで呑んでいたという。そこで、3人でまた呑みに行こうとなって、ウーロン茶しか呑まない秋本が夜もすっかり遅くなったのでかの女を送って行こうと車に乗せたそのとき、トラブルが起きる。とんでもないことに普段はおとなしい秋本がちょっとしたかの女の態度に激高し殴ってしまうのだ。谷口は秋本を落ち着かせて、動かなくなった女性の始末をふたりで画策するのである。ずいぶん、のんびり進行していた物語がここからサスペンス映画へと変質する。
 ふたりは恨みのある専務に女性殺害の嫌疑を着せる工作をするが、物語はその後も二転三転と意外な方向に転げ出し、アルフレッド・ヒッチコックの「ハリーの災難」みたいな話になる。ただ、ヒッチコックサスペンスに一直線に突き進んだほうがよかったのに、新興宗教とかフィリピン・バ-だとかテーマを欲張ったのがちょっと惜しい。
 「教誨師」でも登場人物たちの心の奥に潜む重層的な闇をえぐり出すような作風で人間の本質に迫った佐向監督であるが、この映画もそういう心理的興味の上に成り立っている作品だと思った。(健)

監督・脚本:佐向大
撮影:渡邉寿岳
出演:足立智充、玉置玲央、菜葉菜、松重豊、宇野祥平、高橋努