Jan.21 2006 線路

2006年01月21日 | 風の旅人日乗
1月21日 土曜日

朝起きて、カーテンを開けたら、真っ白な雪の世界だ。
まずい、今日の午後は葉山港の知り合いのヨットに行く用事がある。
我が家は小高い丘の上にあり、このままでは車で下界に降りられそうもない。タイヤチェーンも持ってないし、積雪の道路を運転する技術もない。

うーん、困った。雪だるまでも作りながら、午後には事態が好転するのを待つことにしよう。

昨日、世界一周ボルボ・オーシャンレースについての打ち合わせのため、東京に行くのに乗り合わせていた横須賀線の電車が、戸塚駅の手前で人を轢いた。

ぼくは一番前の車両の、かなり前側に座って本を読んでいたのだが、けたたましい警笛と同時に急ブレーキがかかり、しばらくして何かが電車にぶつかる嫌な音を聞いたような気がした。

電車はそのまま止まり、まず最初に戸塚駅から駅員が走ってきて、それから警察が来て、消防隊がやってきた。
それらの人たちが、4両目の下にあったらしい被害者の身体を引き出し、そして約1時間後に電車は動き出した。

品川駅に着いてぼくはそこで降りたのだが、ぼくが降りるのと入れ替わりにドカドカと乗ってきた人たちにとって、つい一時間前に一人の人間の身体をミンチのようにすり潰したその電車は、いつも通りの、どおってことのない、横須賀線の電車の一つに過ぎなかったことだろう。
ぼくは打ち合わせの時間に大幅に遅れ、打ち合わせ関係の人たちには大いに迷惑をかけたが、事情が事情なので許していただいた。

その事故は、昨日の地方紙の夕刊に、「人身事故で横須賀線と東海道線に遅れが出て、利用客に影響が出た」と小さく報じられていた。
それで終わりだった。その事故は「JR利用客が困らされた迷惑な事故」であり、「折角この世に生まれてきたのに、何かの事情で死ななければいけなくなった人の事故」ではないようだった。

あの人はなぜ、真昼の線路の上で死ななければならなかったのだろうか。
日本人は、昔から、自分以外の人の人生や生き死にに、ドライで無頓着な国民だったろうか。
そんなことが、昨日からずっと、頭に引っかかっている。