長い夢を見た。それはそれは気が遠くなるほど長い夢だ。
夢の中で最初に出会ったのは、少し年上で背が低い小太りの女の人だ。
彼女は私がそこに来るのをずいぶん前から知っていたようだった。
目の前は地平線が見えるほど広い草原で、絵に描いたような黄金色のススキが背を伸ばしている。
視界の両脇には大きな桜の木が一本ずつ立ち、桃色の花はまさに今が盛りのようであった。
桜の木の先、北の方角には葉が落ちた広葉樹林の森が広がり、足下に目を向けるとそこにはドクダミやハルジオンやつくしやコスモスやらがそれぞれ群生をなし、爽やかな風に頭をなでられそよそよと同じ方向になびいている。
そこには季節という概念が存在しないらしく、それぞれの草木がいずれも自分勝手に咲き誇っており、その様は生と死の境で見るという無機質な花畑を彷彿させる。
不自然なのは草木だけではなく、遠くの方では秋空に張り付いた鱗雲が空の高さをより一層際立たせているのに、一方ではやさしくて暖かい春風が私の頬をさすっている。
まるで永遠に続く時のようにその風景は止まって見えた。
彼女はカサカサと草木をかき分ける音と共に目の前のススキの林から現れた。
彼女は今にも溶けてしまいそうな笑顔を浮かべ私に向かって言った。
「待ってたのよ。遅かったわね。今日は疲れたでしょうから、うちに来てゆっくり休みなさい。」
「あの、」
彼女はパステルカラーに彩られた花柄のエプロンのポケットに手を入れて恥ずかしそうに笑った。
「そうね、自己紹介が遅れたわ。私はあなたのお世話をすることになっているユミコ。」
「あ…」
私の言葉を遮って彼女は話を続けた。
「家族だと思って何でも言ってね。年も近いしきっとなんでも話せると思うわ。それにうちは男ばかりだから、女の子が来てくれて本当に嬉しい。」
元々不自然なほど上を向いた口角をそれ以上に押し上げて彼女は言った。
私はどこに連れて行かれるのだろう?
なんの疑いも持たず彼女についていったら永遠にここには帰って来れないような気がする。
こんな不思議な場所では自分がどこにいるべきなのか、帰るべき場所がどこにあるのかなんて全く分からないのになんでそのような邪念が生まれるのか自分でもよく分からない。
それにこれが夢であるということには既に確信を持っていたから、どのような結果が待っているにせよそんなに気にする必要はないはずなのだ。
目が覚めてしまえば忘れてしまう程度のことなのだから。
そこでは一つ一つの選択にほとんど重みなどないはずだし、あってはならないはずなのだ。
もしかするとこの邪念が生まれた原因は見ている夢の種類に起因しているのかもしれない。
例えば普段と違う精神状態のまま見ている夢であるとか、
例えばとても疲れた状態で見ている夢であるとか。
だからといって夢の種類と夢の中で抱く感情の因果関係について新しい法則を見つけた学者なんていないだろうから、いろいろと頭を巡らしたところで結局何も分からないなわけだ。
相変わらず暖かい風は私の頬をサラサラと通り過ぎ北の方に向かっていった。
遠くの方まで広がる黄色い草原の上をはらはら舞う桜の花びら。
違和感が塵のように積もり、いつしかそれは私に心地よさを与えてくれるようになっていた。
ほとんど自分しか見ることのない醜い自分や傷つきやすい自分がつくる狭くて深い穴を優しく埋めてくれるイワカンというもの。
皆が思う違和感の枠を超え意味が言葉に、言葉が声に、声が物体へと形を変え、実体として象られたイワカンが雪のように空から降ってくる。
それを顕微鏡で拡大して見てみたらきっと雪よりも鋭利で美しい結晶が見えるはずだ。
「ほら、こっちよ。」
そして私はそのイワカンに包まれたまま、彼女の後を追って行った。
to be continue…
夢の中で最初に出会ったのは、少し年上で背が低い小太りの女の人だ。
彼女は私がそこに来るのをずいぶん前から知っていたようだった。
目の前は地平線が見えるほど広い草原で、絵に描いたような黄金色のススキが背を伸ばしている。
視界の両脇には大きな桜の木が一本ずつ立ち、桃色の花はまさに今が盛りのようであった。
桜の木の先、北の方角には葉が落ちた広葉樹林の森が広がり、足下に目を向けるとそこにはドクダミやハルジオンやつくしやコスモスやらがそれぞれ群生をなし、爽やかな風に頭をなでられそよそよと同じ方向になびいている。
そこには季節という概念が存在しないらしく、それぞれの草木がいずれも自分勝手に咲き誇っており、その様は生と死の境で見るという無機質な花畑を彷彿させる。
不自然なのは草木だけではなく、遠くの方では秋空に張り付いた鱗雲が空の高さをより一層際立たせているのに、一方ではやさしくて暖かい春風が私の頬をさすっている。
まるで永遠に続く時のようにその風景は止まって見えた。
彼女はカサカサと草木をかき分ける音と共に目の前のススキの林から現れた。
彼女は今にも溶けてしまいそうな笑顔を浮かべ私に向かって言った。
「待ってたのよ。遅かったわね。今日は疲れたでしょうから、うちに来てゆっくり休みなさい。」
「あの、」
彼女はパステルカラーに彩られた花柄のエプロンのポケットに手を入れて恥ずかしそうに笑った。
「そうね、自己紹介が遅れたわ。私はあなたのお世話をすることになっているユミコ。」
「あ…」
私の言葉を遮って彼女は話を続けた。
「家族だと思って何でも言ってね。年も近いしきっとなんでも話せると思うわ。それにうちは男ばかりだから、女の子が来てくれて本当に嬉しい。」
元々不自然なほど上を向いた口角をそれ以上に押し上げて彼女は言った。
私はどこに連れて行かれるのだろう?
なんの疑いも持たず彼女についていったら永遠にここには帰って来れないような気がする。
こんな不思議な場所では自分がどこにいるべきなのか、帰るべき場所がどこにあるのかなんて全く分からないのになんでそのような邪念が生まれるのか自分でもよく分からない。
それにこれが夢であるということには既に確信を持っていたから、どのような結果が待っているにせよそんなに気にする必要はないはずなのだ。
目が覚めてしまえば忘れてしまう程度のことなのだから。
そこでは一つ一つの選択にほとんど重みなどないはずだし、あってはならないはずなのだ。
もしかするとこの邪念が生まれた原因は見ている夢の種類に起因しているのかもしれない。
例えば普段と違う精神状態のまま見ている夢であるとか、
例えばとても疲れた状態で見ている夢であるとか。
だからといって夢の種類と夢の中で抱く感情の因果関係について新しい法則を見つけた学者なんていないだろうから、いろいろと頭を巡らしたところで結局何も分からないなわけだ。
相変わらず暖かい風は私の頬をサラサラと通り過ぎ北の方に向かっていった。
遠くの方まで広がる黄色い草原の上をはらはら舞う桜の花びら。
違和感が塵のように積もり、いつしかそれは私に心地よさを与えてくれるようになっていた。
ほとんど自分しか見ることのない醜い自分や傷つきやすい自分がつくる狭くて深い穴を優しく埋めてくれるイワカンというもの。
皆が思う違和感の枠を超え意味が言葉に、言葉が声に、声が物体へと形を変え、実体として象られたイワカンが雪のように空から降ってくる。
それを顕微鏡で拡大して見てみたらきっと雪よりも鋭利で美しい結晶が見えるはずだ。
「ほら、こっちよ。」
そして私はそのイワカンに包まれたまま、彼女の後を追って行った。
to be continue…