歩くたんぽぽ

たんぽぽは根っこの太いたくましい花なんです。

電車の中のおじいさん

2022年05月29日 | 日記
夕方、電車に乗っていた時の話。

混んでも空いてもいない車内で、目の前に座っていたおじいさんが眠りこけていた。

どこで手に入れるのか、おじさんがよく被っている紺色のキャップを目深にかぶり頭を垂れていた。

小さな体にくたびれたポロシャツを着て足を投げ出していた。

こちらに向いた帽子の頭頂部をぼーっと眺めていると、寝姿がとても静かなことに気づいた。



もしこのおじいさんが前に倒れこんできたら私はどうすればいいだろう。

そんな妄想が頭をよぎる。

移動中の閉鎖空間なので通常時よりイメージしにくい。

救急車を呼ぶのか?車掌さんに連絡する手段は?素人が触らないほうがいいのかな?

心臓マッサージ?人工呼吸?AEDってどこにあるの?

救命の講習をもっとちゃんと受けておけばよかった。

何もできずオロオロする未来の自分が見える。



ネットで調べるとまず肩を叩いて声をかけ意識・呼吸の有無を確認することが大事らしい。

そして非常用ボタンを押すなどして車掌さんにこの事実を伝えること。

呼吸をしていない場合は心臓マッサージをする。

外での対処とほとんど同じだ。

おじいさんは目の前の女がまさか自分でそんな妄想しているとは思わないだろうね。

我ながら失礼な話だ。

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34歳、冒険に出る

2022年05月29日 | 日記
あらゆるエンターテイメントが好きだけどほとんど触れてこなかった分野がある。

ゲームだ。

ゲームはアニメや漫画の世界にも多大な影響を与えている。

夫はファイナルファンタジーⅦから人格を育てられたとか言っている。



私は数字のパズルのようなものはするけれどアクションやRPGには手を出していない。

一番の理由はRPGを一度やったらゲームの世界から抜け出せない可能性があるということ。

子供の頃から『ロードオブザリング』や『ハリーポッター』で描かれるファンタジー世界が大好きだった。

未知なる世界での冒険譚が大好物なのだ。

危険をはらむとはいえその主人公になれるなんて夢のような話だ。

とはいえゲーム脳が育まれていないのでゲーム内であってもやっぱり戦いたくない。

生き返ることがわかっていても死にたくない。

敵とはいえ無駄な死人は出したくない。

そんな具合でまぁゲームには向いていない。



それがなんだ、今年の誕生日に夫が名作と名高い『ゼルダの伝説 Breath of the Wild』をプレゼントしてくれたのだ。

これには笑った。

軽い気持ちでちょっとやってみたら、案の定ゲームの世界から抜け出せなくなった。

寝る間も食べる間も惜しんで没頭していたら4日目くらいには目の下に隈ができていた。

こりゃあ大変だ。





最初はその世界を走っているだけで感動した。

差し込む光、きらめく木の葉、夕日に染まる草原、照りつく岩、繊細な影、透明な水。

光の表現があまりに繊細なもんだから、その世界が本当に存在しているかのように錯覚してしまう。

ゲームってこんなすごいん!?そりゃあゲームの世界で生きる人も出るわ。

途方ない制作の過程を思うとくらくらする。



私はゲームのセオリーを知らないので勝手なことは言えないけれど「Breath of the Wild」はとても自由だ。

押し付けがましくないので気楽に進められる。

次はこれその次はこれ、と進む順番が決まっていたらきっと続かなかったと思う。

好きな場所へ行き、新しい村を発見し、知らない森をさ迷う。

その自由さが生み出す冒険感がたまらない。

また行く場所に制限がない(環境によって装備は必要)ので、

無意味と思われた散策の先で思わぬ出会いに巡り会えたりちょっとしたサプライズを味わうこともできる。

立ちはだかる壁の解決方法も人それぞれだ。

ちょっと視点を変えると難敵を軽々倒せたりと奥が深い。

人がこの世界を作ったと思うと飽きずに唖然としてしまう。

こ、これがオープンワールドか、、、。







最初は戦いたくないとか言って逃げ回っていたけれど強い装備を手に入れ自信がつくと好戦的になっていく。

傍若無人に敵をなぎ倒し「あれ、どっちが悪者だっけ?」と一瞬我に返ることも。

ちょうどそんな頃合いに身ぐるみ剥がされ裸一貫で無人島ミッションを与えられ、

クリアできないと「私はまだまだだった、強い武器を手に入れ自分が強いと錯覚してしまった」と反省させられる。

本当にどうなってんのってくらい作り込まれている。

そりゃあ発売から5年以上経っても値下げしないわけだ。



「Breath of the Wild」が特にそうなのかRPGの特性なのか、プレイヤーの性格が出るのが面白い。

ゲーム経験者は皆似た動きをするのかもしれないけれど、夫はとにかく敵を恐れない。

装備も食料もない状態で敵に突っ込み問題を早々に解決していく。

「敵は倒すものだから」、単純な話だ。

私はまだまだそんな風には割り切れず、強そうな敵が出たら全速力で逃げる。

まだ立派な勇者ではないか、、、。

勇者とは何か、敵とは何か、と一度立ち止まるとゲームは終わらない。

ふと大山海の漫画『奈良へ』を思い出した。

『奈良へ』はちょっとすごい作品だったのでまとまったら感想を書きたいと思う。



私の友達はゲームをしない人が多い。

それが面白いもので私がゲームにはまったタイミングで久々に会った友達がかなりのゲーム好きだった。

もちろん「Breath of the Wild」は経験済み、めぐるなぁ〜つながるなぁ〜。

女友達とゲームの話で盛り上がれるってのは新しい境地だ。

あの武器がどうだ、あの場所は怖い、あの装備は好きだ等々子供みたいにはしゃいでしまった。

「来年新作出るね」と確認しあい二人でウッシッシとなったわけだ。



私が装備万全で敵に向かっていく姿を観て夫が笑いながら「たんの大冒険だね」とか言ってよく馬鹿にしてくる。

「タンタンの冒険」ならぬ「たんの大冒険」、いや「ダイの大冒険」ならぬ「たんの大冒険」?

端から見ればバカバカしいことなのかもしれない。

いい大人がなにやっとんねん、なのかもしれない。

でも本当に面白いんです。

今更だけど私も言いたい、「ゼルダの伝説 Breath of the Wild」は名作です。

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最近観た映画云々

2022年05月06日 | 映画
ここ最近またちょくちょく映画を見始めている。

大学では映画研究部に入っていたし夫との出会いだって映画だし、20代半ばくらいまでは貪るように映画を観ていた。

以前は映画好きを自称していたけど、ここのところ映画に対する特別な熱を失っていた。

明確な原因は不明だけどちょうど動画ストリーミングザービスが普及したころと被る。

海外ドラマやアニメを気軽に観れるようになり、惰性で映像作品を観ることが増えた。

そこにきて映画は濃すぎるのだ。観るのに気合がいる。

言い方を変えれば海外ドラマに出会った数年であったとも言える。




私の好きな知識人たちは飽きもせず映画の話をし続けている。

映画ファンというのは根強い。

彼らのお勧めする映画を身始めて少しずつリハビリテーション。

そんなこんなでまた映画の面白さに再会したというわけだ。

今日は最近見て面白かった2作の話。

以下ネタバレあり。



『1917 命をかけた伝令』

監督:サム・メンデス
脚本:サム・メンデス、クリスティ・ウィルソン=ケアンズ
製作:サム・メンデス、ピッパ・ハリス、カラム・マクドゥガル、ブライアン・オリヴァー
製作総指揮:ジェブ・ブロディ他
出演者:ジョージ・マッケイ、ディーン=チャールズ・チャップマン、マーク・ストロング、アンドリュー・スコット
    リチャード・マッデン、クレア・デュバーク、コリン・ファース、ベネディクト・カンバーバッチ
音楽:トーマス・ニューマン
撮影:ロジャー・ディーキンス
公開年:2020(日本)



出た、サム・メンデーーース。

勝手に相性がいいと思っている監督の一人。

しかししばらく映画熱が冷めていたので当時こんな映画が話題になっていたことも知らなかった。



この映画本当に超好き。

観てから1ヶ月以上経つけど、今でもほとんどの場面が目に焼き付いている。

無数の人の命がたった二人の男に託される。

相棒を失って一人になり、どれだけ困難に見舞われようとも折れることを許されない。

責任の重大さと主人公の孤独を思うと今でも泣けてくる。

主役の俳優はぴったりだった。

言葉少なく淡々と前に進む誠実な男がよく似合う。

主役の二人が無名俳優で脇にスター俳優を置く演出がにくい。

孤独や苦痛に満ちた映像の中にパッと花が開くようだった。

特に最後に出てくるカンバーバッチね。



この映画を語る上で外せないのがワンカット演出だろう。

でもこれらは語り尽くされてるだろからあまり触れないでおく。

もれなくメイキング映像が観たくなる映画であることは間違いない。

撮影規模のあまりの大きさに日本とは映画の概念が違うなと改めて確認し感服。

映画の力を見せつけられました。

何度も観たくなる映画です。





『ベルファスト』

監督・脚本:ケネス・ブラナー
製作:ケネス・ブラナー、ローラ・バーウィック、ベッカ・コヴァチック、テイマー・トーマス
出演者:ジュード・ヒル(英語版)、カトリーナ・バルフ、ジェイミー・ドーナン、ジュディ・デンチ
音楽:ヴァン・モリソン
撮影:ハリス・ザンバーラウコス
公開年:2022



これ、夫が見たいというので映画館へ観に行ったのだけど、映画館でボロ泣きしました。

私が泣くかどうかは作品の良し悪しに関係ないけれど、映画館でこんなに涙が止まらなかったのははじめて。

反対に夫は「面白いのだろうことはわかるけどピンとこなかった」とのこと。



舞台は60年代のアイルランドの都市ベルファスト、主人公はそこに暮らす少年だ。

監督の自叙伝的映画だとラジオかなんかで聞いた。

宗教闘争による分断と翻弄される町、そして一つの家族の物語だ。

夫と話していたのは切実な宗教観を日本人が理解するのは本当に難しいということ。

欧米の映画では驚くほど多くの作品に宗教が密接に関わっているし、

よくわからんなと思ったら宗教のメタファーだったなんてことも多々ある。

ただこの物語を今作ったという意味では「分断」という主題が強いんじゃないかと思う。

相容れない対立。

冒頭から経済難や宗教闘争による閉塞感が充満している。

それでもこの作品が軽やかなのは子供の視点で描かれているからだろう。



この作品では家族が幾つかの選択に迫られる。

プロテスタントかカトリックか、町を出るか居続けるか、離婚するかしないか。

私は途中からこの家族は壊れるなと思っていた。

ここまで来て壊れないなんてセオリーから外れてる、と。

だからお葬式後のパーティーでお父さんがマイクをとりお母さんへ愛の告白したときはびっくりして涙が出た。

家族が一緒にいるという選択は必然的に町を出るという道につながる。

一見単純そうで困難な道を選ばせたことに監督の願いのようなものを感じた。



一番胸にきたのは最後だ。

町を出て行く家族を見送るおばあちゃんの顔と言葉に涙が溢れてエンドロールが滲んでいた。

町を出る者、居続ける者、どちらの困難も続いていくのだ。

淡々と描かれる前半から後半の意外性と突きつけられる現実に感情がブワッと溢れた。

このおばあちゃんがあまりにも作品に馴染んでいるものだから最後までジュディ・デンチだって気づかなかった。

おじいちゃんのかっこよさとなんといっても音楽ヴァン・モリソンが効いていた。

ヴァン・モリソンはベルファスト出身とのこと。



余談だけど『ベルファスト』を観た後に『テネット』を観たら重要な役でケネスブラナーが出ていてなんだか笑えた。

『テネット』はあまりピンとこなかったな。

キャラクターが魅力的でなかったのが一番の原因だと思う。

あと面白いアイディアもたくさんあったけど、わかりやすい伏線とその回収にドーパミンが消失した。

面倒くさい女になってしまったかな、いやもともと面倒くさい女か。

評価は高いようだから、私がずれているのかも。
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