歩くたんぽぽ

たんぽぽは根っこの太いたくましい花なんです。

土曜の与太郎

2017年05月27日 | 演芸
落語には決まった人物が頻繁に出てくる。

江戸落語で言えば熊さん、八っぁん、大家、若旦那にご隠居さん。

その中でも異彩を放っているのが今日の主人公「与太郎」である。



与太郎とは、ときに人の名前であり、ときに「愚か者」の代名詞となる。

どちらにしろ、「抜けているがどこか憎めないやつ」という暗黙の空気をまとっている。



与太郎の出てくる落語は笑える噺が多い。

私が聞いたいくつかの噺は、いずれも世間と与太郎のギャップが面白い。

例えば「かぼちゃ屋」では、

いつまでもふらふらしている与太郎を心配した叔父さんが彼に唐茄子売りを仕込む場面がある。

叔父さんが「これは元値だからよく上を見て(掛け値をして)売れ」と送り出せば、商売中に上(空)を見る始末。

また「金明竹(きんめいちく)」では、

店番を任された与太郎が雨宿りに店の軒下を貸してくれと申し出る通行人に毎回とんちんかんな返答をするのだが、

与太郎の発言により旦那と通行人が絶妙なすれ違いを繰り広げていく様は笑わずにはいられない。

何も知らないというのはある意味「最強」なのかもしれない。



与太郎には「何となく分かるだろう」とか「空気を読め」という曖昧なニュアンスが全く通用しない。

それでいて変なプライドも恥じらいもない、変わった思考回路を持っていて真っ正直。

そこに人を惹き付ける訳がある。




「孝行糖(こうこうとう)」では大きな声で飴を売り歩く与太郎の後ろに子どもの行列ができたし、

「かぼちゃ屋」では世間知らずの与太郎を面白いやつだと気に入ってくれた客が他の人にも唐茄子を勧めてくれた。

まどろっこしさ、物わかりの悪さ、無知、まぬけさとかそういったものは一見嫌なものとして避けられがちだが、

そこに素直さが加わるだけで「しょうがないねぇ」という温かい言葉でもって迎えられる。

愚鈍さをさらけ出すと、人は安心する。

私は密かに与太郎のような人間に憧れている。

Caravanの歌う歌に「愛すべきロクデナシ」というフレーズがあったけど、そんな感じかな。

いやあそこまで爽やかではないな。



おすすめ落語

立川談志「与太郎噺三本立て(かぼちゃ屋、豆屋、孝行糖)」

立川志らく「金明竹」

立川志の輔「ろくろ首」

古今亭志ん朝 「錦の袈裟」

桂米朝「道具屋」

立川流ばかりになってしまった。


「火星人」と思われる塊根植物
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寂しくなるな

2017年05月18日 | 日記
昨日、午前10時頃に家を出た時のこと、

玄関の鍵をかけ、さてさて歩き始めると眼前に突如現れた大型トラック。

荷台は開け放たれ、知らない人たちによって荷物がいそいそと運び込まれていく。

荷台の段ボールには油性マジックで「食器類」と書かれていた。

どうやらお隣さんが引っ越すらしい。

これには驚いた。



お隣が引っ越すというのは寂しいものがある。

以前住んでいたアパートも先にお隣が引っ越していった。

あの頃は毎日のように薄い壁の向こうから夫婦喧嘩が聞こえてきていたが、

普段煩わしくてもいなくなると勝手に寂しいものだ。



そういった事情に加え今のお隣さんは「最高のお隣さん」の異名を持つ粋なご夫婦(私の中で)。

年齢は40代後半、おおらかで趣味が良く非常に友好的でとても魅力的な方々なのだ。

旦那さんはギターの腕がプロ並みで奥さんはとにかく歌がうまい。

二人がバーかなんかで演奏している動画を見せてもらったけど、

旦那さんがまさかのツインネックギターを弾いていたので仰天した。

エレキギターのハードな演奏が深夜まで聞こえきて眠れないときもあったけど爆音はお互い様。



車が好きなのか、駐車場に止めてある真っ赤なオールドカーはいつもピカピカだ。

バイクも2台持っていて、私たちが使っていない駐車場を貸していた。

使っていなければ貸すのは当たり前だと思っていたけど、もったいないほど感謝してくれていた。

夫Kとお隣の旦那さんは玄関先で顔を合わせるとよく音楽の話で盛り上がっていたのだとか。

そのためか駐車場のお礼にとモーリスのギターをくださり恐れ多くもありがたくいただいた。

他にも駅まで途中だから乗って行くかいと声をかけてくれたりして、

二つ返事で車に乗り込む私も図々しいがそれもいいかと思わせてくれる懐の深さを持っていた。

深い付き合いはなかったけれど、好きな人たちが隣に住んでいるというのは気持ちがいい。



何かお礼をしたいと常々思っていたのだけど、先延ばし先延ばし今日に至ってしまった。

引っ越しのトラックを見たとき、何かしら手みやげになるものを買ってこようと思い立った。



最後にまた顔を出すと言ってくれていたので、待っていたら今日のお昼過ぎにお声がかかった。

一通りの挨拶を済ませると唐突に「キャンプはしますか」と聞かれた。

もしやキャンプのお誘いかと浮かれてみたがそうではなく、ワンタッチの組み立て式大型テントをくれるという。

引っ越し先は収納の少ないマンションなのでそういったものが置けないのだとか。

ほしいというと、調子いい具合にじゃあ組み立て式の椅子は?テーブルは?ミニテントは?とすすめてくれる。



「本当にもらっていいんですか、さすがに悪いです。」

「次の家に持って行けないのでもらってくれると助かります。」

「それでは遠慮なく!わーいわーい。」


CARAVANのテント。嬉しいの一言。



それから少し申し訳なさそうな顔で「さすがにこれはいらないですよね?」と出したのが、

私が前々から欲しいと思っていた作業台。

外に置いていたみたいで一部錆びているけど、ただでもらえるなんてラッキーとしか言いようがない。


さっそく塗装の禿げた木の部分にペンキを塗っておいた。



「ずっとお隣にいるものだと思っていました。」

「僕も10年くらい住むもんだと思っていましたよ。凄く気に入っていました。こんなところなかなかないですよ。」

「私もそう思います。」

ここら辺で起き抜けのKが現れて、

「お隣さんが引っ越すときにこんなに寂しいのは東京に移り住んでから十数年初めてです。」

と大真面目な顔で言った。

どうしても伝えたかったんだろうね。

「いやいやおおげさな。」と朗らかなお顔。

お返しにもならないけど、こちらも昨日買っておいた新茶のセットを渡してお別れした。



「お隣さん」というのは他では得られない不思議な縁だ。

いつなんどきも生活の吐息が漏れてきて、嫌でもお互いの存在を感じる。

ある程度の距離感を保ちつつも、物理的生活空間は一番近いところにある。

一戸が断絶された都市生活において、お隣に恵まれるというのは本当にありがたいことだ。

どうか、次に越して来る人が神経質な人でありませんようにと祈るばかり。



お別れして、家の扉を閉める。

暗い玄関でふと我に返り思わずため息。

寂しくなるな。
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至福のときⅡ

2017年05月12日 | 空想日記
以前「至福」ということについて書いたことがある。

書いたと言うほどのことでもない。

どちらかというとつぶやいたと言う感じだ。

今回もそんな感じになると思う。



他人の幸せには興味がないというのが大抵の意見だろう。

それが身近な人であったなら話は別だけど。

意図的に発せられた幸せオーラは人を嫌な気持ちにさせたり、

無意識的に発せられた幸せオーラは人を嬉しい気持ちにさせたり、

なんとも扱い辛い代物、それが「幸せ」なんてものかもしれない。



「幸せ」「幸せ」と繰り返すと頭が変になりそうだ。

大分受け入れられるようになったとはいえ、やはりその響きはどこか怪しげな空気をまとう。

「そんなことは気にしなさんな」と軽く捉えるのが話の前提。

なんたって私の「至福」は実にばかばかしいものに他ならないからね。



至福のとき、それは自分なりにやらなければいけないことがあったとして、

どうしてもそういう気分になれないときにやってくる。

この場合、選択肢はおおまかに①「嫌々やる」②「少し休憩してからやる」③「その日一日はやらないと決める」の3つがあるとして、

後先考えずにすっぱり③を選んだときに何とも言えない晴れやかな気分になる。

このだらしない自分を認めるという部分に、他では得られぬ何とも言えない「幸せ」があるのだ。

体の末端で滞留していた血液が急に流れ始めるような、

頭の中にルイ・アームストロングの『What's A Wonderful World』が流れてくるような、

どんよりとした重たい雲の切れ間から太陽の光が差し辺りが明るくなるような、気分にしてくれる。

後に待っているものが何なのかも忘れて、怠惰な自分に祝杯をあげよう。



かの有名な落語家、立川流の家元を名乗った立川談志の残した言葉で、

「酒が人間をダメにするんじゃない。人間はもともとダメだということを教えてくれるものだ。」というものがある。

なるほど、こりゃ一本とられましたな。

こういう言葉を言い訳に今日もいい加減でだらしのない自分に勤しむのである。

自分に都合のいいように解釈するというのは、どうやらやめられそうにない。


ずいぶん前の写真だけど、奇麗だったので載せておきます。
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