歩くたんぽぽ

たんぽぽは根っこの太いたくましい花なんです。

静かな黄昏時

2018年03月29日 | 空想日記
頭の中をすっきりさせたくて、体を伸ばす。

電気もつけず暗いまま、少し涼しくなった風に当たると気持ちがいい。

窓から低い橙色の日が差し込み、部屋に長い影を落とす。

こういう時間帯には非日常的な物語の気配を感じる。

音楽をかけるならフジコヘミングが奏でるショパンのノクターンがいいだろうか。

ゆっくりと静かに、いつの間にか日は暮れる。

こんな時間が毎日あったことを、なんだかちっとも思い出せない。













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散漫な午後

2018年03月26日 | 日記
絵を描かなければならないのだが、ペンを持つ右手は一向に動こうとしない。

新しい絵を生み出すのが難しいのなら、放っておいた絵の色つけなんかどうかと筆を握ってみる。

一応なんとなくいい感じに塗り進めるが、「いい感じ」なのが嘘っぽくてやはりもう少し放っておくことにした。



頭の中は昨日読み終えた『星を継ぐもの』がぐるぐる回っている。

ブログに書くことでかろうじて発散しているが、それでは全然足りないのだ。

体の中に一回入った物語は面白ければ面白いほど風船のようにふくらんで、一旦外に放出しなければ消化できなくなってしまう。

我ながら不思議な現象だ。

手っ取り早いから丁度近くにいた夫Kに『星を継ぐもの』の話していい?と聞くもダメだと言う。

結局読まないだろうに読む可能性を少しでも残しておきたい気持ちはわかる。



気分転換に違う本を読もうと思いこれまた有名なSF小説小松左京の『果しなき流れの果に』を読み進めるが、

『星を継ぐもの』の後では少し求めるものが違うようで、物語ちっくなのが気に入らない。

読むタイミングは大事にしなければ。



次に短編集ならいいだろうと思い国内外問わずサイバーパンクSFの傑作短編を集めた『楽園追放 rewired』を手に取る。

はじめに編者の虚淵玄のまえがきを読むも伊藤計劃の名が唐突に出てきて顎にアッパーを食らったような気分になる。

しばらく伊藤計劃に思いを馳せていたら、コップのお茶がないことに気づき台所へ行く。

台所へ行くと何をしに行ったのか忘れて部屋に戻り、気づけばパソコンでサイバーパンクについて検索していた。

「サブカルチャー」と同じではっきりした定義を持ち得ない不思議な言葉だ。

未来的な雰囲気を醸しつつなぜだか懐かしさすら感じる不思議な言葉。



ここら辺で目の前の乱雑な机上が目に入りはたと気づく、なんか今日すごく注意力散漫。

なんにもできない、本当なんにも。

しょうがないから気分をスッキリさせるためにコーヒーでもいれようかと思ったが、

喫茶店で買った豆もお義父さんにもらった粉も昨日ちょうどなくたったんだった。

うまいことなってんだか、なってないんだか。

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星を継ぐもの

2018年03月26日 | 
まれに本を読んで鳥肌が立つなんていう経験をすることがある。

まさに今日そんな経験をしたばかりだ。

その興奮は何にも代えがたい。



私は映画や漫画、アニメなどにおけるSFは昔から好きだったが、

SF小説に興味を持ったのはごく最近のことである。

明確なきっかけとなったのは2年前に読んだ高野和明の『ジェノサイド』だ。

なんとなく現実離れしたイメージを持っていたSF小説だったが、

高度な専門知識と論理的な物語の構成に感激したのを覚えている。

私の友人曰く「SFほどリアリティを必要とするジャンルはない』らしい。

確かにそうかもしれない。





『星を継ぐもの』

著者:ジェイムズ・P・ホーガン
翻訳:池 央耿
原題:Inherit the Stars
出版社:創元社
初版:1980年



例えばAmazonでSF小説を検索すると一番上に出てくるような、言わずと知れた名作らしい。

それもハードSFの巨匠として知られるジェイムズ・P・ホーガンのデビュー作なのだから驚きだ。

読み終えてまだ少し胸がドキドキしている。



ーーーー
イデオロギーや民族主義に根ざす緊張は科学技術の進歩によってもたらされた、全世界的な豊饒と出生率の低下によって霧消した。

古来歴史を揺るがせていた対立と不信は民族、国家、党派、信教等が渾然と融和して巨大な、均一な地球社会が形成されるにつれて影をひそめた。

(中略)軍備放棄によってだぶついた資金、資源で大いに潤った活動分野の一つが、急速にその規模を拡大しつつある国連太陽系探査計画であった。
ーーーー


そんな近未来、物語は一人のイギリス人数学者がその中心機構UNSA(国連宇宙軍)に呼び出されるところからはじまる。

彼は中性微子物理学の研究の収穫として各種観察に役立つ透視スキャニング機能を有する機械を開発していた。

その名もトライマグニスコープである。

地球規模の太陽系探索の組織が彼の研究を必要とした裏には驚愕の理由があった。

そして言わずもがな彼は世紀の科学的大スクープに科学者として巻き込まれていくのである。



明確な主人公を軸として進むヒューマン・ドラマというよりは、

終始主軸となる謎が横たわり各主体が研究に取り組むことで少しずつ全容が明らかになっていくという非常に客観的な物語だ。

情緒的な部分はほとんどなく淡々とした語り口は、一見物語としては淡白にも感じられるが現実的な深みを増している。

著者が元技術者ということもあってか専門的かつ非常にシステマティックに構築されたストーリーになっている。

約40年前に書かれた小説なので一部機械の形容やタバコ事情等時代錯誤を感じる部分もあるが、受け入れられる範囲内だ。

SF用語や機械系の言葉に不慣れなのではじめは読みにくさを感じるが、後半の盛り上がりからは読む手を止められなくなる。

私たちが当たり前のように受け入れている進化や宇宙の定説が巧妙に物語に組み込まれ、

私たちが辿ってきた歴史さえもが伏線となり最終的に想像もしなかった終着点に到達する。

現実的でありながらロマンティック。

とにかく最後の一文まで見逃せない、読後感最高の超おすすめSF小説なので是非!
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姿勢問題

2018年03月23日 | 空想日記
日本人は姿勢が悪いらしい。

噂程度の情報だけど、周りを見渡すと確かに男女問わず猫背が多い。

実際に私も猫背だ。

昔近所の和尚さんが成田空港での人間観察の話をしてくれたことがあったが、

胸を張って堂々と歩く海外勢に混ざると日本人は姿勢が悪くて相当目立つらしい。

農耕民族であった名残だともいうけれど、内気な国民性も原因ではなかろうか。

個人的にはそのしょぼくれた感じも嫌いではないが、

都合よく自分だけは姿勢よく格好よくありたいと思うのはしょうがあるまい。



姿勢を正すときによく使われるアドバイスが、

「頭のてっぺんから糸で吊るされているようなイメージ」というやつ。

私は以前からこれに違和感を感じている。

糸で矯正できるほど猫背は甘くない。

多分一本の糸では人間の重さに耐えきれず早々に切れてしまうだろう。

では世界最強の強靭な一本の糸ではどうだろうか。

これもだめだ、一本の糸である以上位置が定まらないのでフラフラしてしまい心許ない。

では無数の糸で固定してみるか。

これもやっぱりだめだ、糸の数だけ集中力が分散してしまう。



「あくまでイメージの話だから」と思うかもしれないが、

イメージの話だからこそとことん検証して自分の信用できる方法を探さなくてはならないのだ。

イメージに穴があると、思い込みの力が薄れてしまう。



そこで考えたのが「神様に上から頭を引っ張ってもらう」というイメージ。

神様の力強い腕で引っ張ってもらえれば、猫背どころか体全体が伸びて骨盤の歪みまで治ってしまいそうだ。

この場合きっと神様は「わしゃこんなところで何をやっとるんだ。」と自問自答するだろうね。

それに相当暇じゃないと話にならない。

あと皆がこのイメージトレーニングを取り入れてしまったら、神様の数が足りなくなる。

世界中の宗教の神々、神話の神々ではあき足らず、

挙げ句の果てには日本全国に点在している八百万の神々まで引っ張ってくる事態になりかねない。

とりあえず今のところまだ私一人だから選びたい放題だけど、

しばらくは「神様」という抽象的なイメージに頼っておこう。

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庭のハナニラ

2018年03月19日 | 日記
むせかえるような春の匂い。

これはなんの匂いだったか。

秋はすぐにそれが金木犀だとわかるのに、春はさっぱりだ。

春は単なる季節の変わり目ではなく、1年がはじまる二つめの節目。

そういうことに存外疎くなっている。

2つ隣の家族がいつの間にか引っ越していた。

若い夫婦と小さい子ども二人と犬が二匹。

活発な二人の子どもがよくうちの庭先まで来てはしゃいでいた。

なんとなくしばらくは彼らの成長を遠目に見守るものだと思っていた。

何度あいさつしてもむすっとした顔で返事をくれなかったシャイな男の子と、

それに従う小さい女の子。

ほとんど関わりがなかったから深い感慨もないけれど、

がらんと静まった家の前を通る時なんだか一瞬心が止まる。

見上げると2階の網戸がズタボロに破れていた。

生活の痕跡。

人のいなくなった家の庭にハナニラが綺麗な花を咲かしている。

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