歩くたんぽぽ

たんぽぽは根っこの太いたくましい花なんです。

シド・ミードと出会った日

2019年06月03日 | 
私は絵を書いている時はほとんどラジオを聞いている。
 
普段TBSラジオを流していることが多いけれど、
 
先週の月曜日、ふと母がよく聞いているラジオのことを思い出した。
 
NHKラジオのすっぴんだ。
 
月曜日のパーソナリティはもともと私の大好きな変なおじさん宮沢章夫だったけど、
 
4月の新編成でこれまた私の好きなサンキュータツオに変わったらしかった。
 
さっそく聞いてみると宮沢さんの分野を踏襲しているのか、
 
「サブカル用語の基礎知識」というコーナーが始まった。
 
しかも「SF」特集だというから自然と耳が傾く。
 
 
 
添野知世というコメンテーターが出てきて、
 
いきなり世界的なインダストリアルデザインの巨匠について話しはじめた。
 
今年85歳になるその人は添野さん曰く工業デザインの天才なんだとか。
 
その名もシド・ミード(Syd Mead)。
 
なんでも立体でしかものを捉えることができないらしい。
 
つまり平面的な絵では見える部分だけ描けばいいのだが、
 
例えばカーデザインにおいては、
 
どこにエンジンが積まれていて裏面はどうなっているのかといったことまで考えるのだ。
 
そうやって描かれた絵は単なるデザインではなく、設計に近いのかもしれない。
 
しかもその徹底した合理性やリアリティをもって「未来」を描くのだという。
 
シド・ミードは世界でただ一人「ビジュアル・フーチャリスト」の肩書きを持つ未来をデザインする人なのだ。
 
 
 
話を聞いているだけでワクワクする。
 
どんな絵を描くのかすら知らないのにもうすでにファンだ。
 
我ながら影響されやすいな〜。
 
 
 
話を聞いているとまさかの「ブレード・ランナー」のビジュアルデザインを手がけたというではないか!
 
はじめはリドリー・スコットから映画のカーデザインを依頼されたのだが、
 
車の背景に描かれた街が素晴らしくその他のビジュアルデザインも任されたのだとか。
 
あのス、ス、スピナーをデザインした人なの!!?
 
あの湿っぽい退廃的な街を、デッカードのバスルームを、セバスチャンのバンをデザインした人なの!!?
 
もうダメ、私のオタクセンサーに引っかかる単語のオンパレード。
 
 
 
どうやら日本で34年ぶりの展覧会が五月の半ばまでやっており、
 
好評につき6月2日まで延期されたのだとか。
 
会期2週間で1万7千人が来場したらしい。
 
コメンテーターの添野さんも行ったらしいけど、すごい混雑だったとか。
 
 
 
その日私は気づいたら展覧会場の3331Arts Chiyodaまで来ていた。
 
これぞ精神のテレポーテーション。
 
おかしいな〜、テンションが上がるとどうも自分を制御できなくなる。
 
 
 
 
そこまで広い会場ではないけれど、みっちり2時間居座った。
 
本当に日に恵まれたと思う、というのもお客さんが少なかった。
 
待ち時間は全くなく、全ての絵を納得がいくまでじっくり見ることができた。
 
 
 
お客さんのほとんどが何かのプロフェッショナルまたはオタクっぽい雰囲気で、
 
(萎縮してそういう風に見えただけかもしれないけれど)、
 
シド・ミードの何たるかを知らない私には少し場違いな気もした。
 
それに男性客9割強で、ここまで男女比の偏る展覧会も珍しいように思う。
 
いやむしろこのアウェーを楽しもう。
 
 
 
今回は珍しく音声ガイダンスを借りた。
 
もちろん芸術作品なんだろうけど、デザインや設計の要素が強いので、
 
説明が邪魔になるというより理解を深めてくれるような気がしたのだ。
 
それにしても首にかけている音声ガイダンスの紐が邪魔くさかった。
 
 
 
会場に入って最初のコーナーから度肝を抜かれた。
 
未来の車とそれを取り巻く風景だ。
 
今にも動き出しそうな人々、まばゆい光、温度、
 
影を写す地面、車の側面に映り込むこちら側の景色。
 
1枚の絵の中に隙のない完璧な世界が存在している。
 
言うの忘れていたけれど彼の絵は全部手描きだ。
 
いや、えっ?絵うまっ!!
 
そのまま額をまたいで絵の中に入れそうなほどリアリティがある。
 
それなのにあちら側は見たこともない未来の世界なのだから、困惑してしまう。
 
 
 
 
この絵はもともと小さい絵を特大パネルにするため何倍にも引き延ばしている。
それにもかかわらず粗が全く見当たらないのがすごいを通り越して理解不能だ。
 
 
 
ラジオの添野さんの言葉で最もヒットしたのが「シド・ミードの描く未来は明るい」というもの。
 
ディストピアなど暗い未来が多く描かれてきた中で、
 
異彩を放つ明るい未来とはいったいどんな姿をしているのだろう。
 
ここ最近の私のテーマの一つがちょうど「明るい未来とはどんな世界なのか」だったから、
 
知りもしない天才が描いた明るい未来をどうしても見てみたくなったのだ。
 
私の疑問を解く鍵がもしかしたら見つかるかもしれないと期待した。
 
 
 
例えばシド・ミードが描いた1枚の絵を見てその世界の全てが明るいのかはわからない。
 
しかしそこに描かれている人々には活気があり、絵全体に活力がみなぎっているのが伝わる。
 
空気もきれいで風景も美しく漠然と健全な感じが伝わってくる。
 
変に現実離れしておらず、私の世界の地続きに彼の描く未来があるのだとしたら悪くない。
 
いや、むしろワクワクする。
 
もしシド・ミードの描く繁栄の裏側にそれを支える闇が存在していたとしたら、
 
それは相当深いものかもしれないなんてひねくれた考えも片隅に置きながら、
 
初めて見る明るい未来、というか彼のアイディアと緻密さに感激し、
 
私の問いに対する一つの可能性を見ることができたような気がして本当によかった。
 
 
 
 
 
 
 
もちろん一枚一枚にとてつもない世界が描かれているのだけど、
 
特に好きだったのが犬の超巨大ロボットが1周10キロの円形競技場を走り抜けるドッグレースの絵。
 
写真では小さくて見えないけれど観客は携帯サイズの長方形のモニターを手に持っていて、
 
巨大犬がどこを走っていようとその動向を観戦することができるのだとか。
 
この絵についての説明を聞いて、心から音声ガイダンス借りてよかったと思った。
 
この大胆で綿密な発想とそれを最大限描き切る画力に感銘を受けてしばらく見入ってしまった。
 
抑えようのない何かが内からふつふつと湧き上がるのだ。
 
 
 
 
それからそれから、やっぱりシド・ミードと切り離せないのが前述したムービーアートだ。
 
「スタートレック」「ブレードランナー」「エイリアン2」とあげたらきりがない。
 
これ以上書くと長くなってしまうので今日はここまでにしようと思う。
 
 
 
圧倒された。
 
とてつもない。
 
あまりに人間離れした仕事なのでこちらが少し不安になるくらいだった。
 
そこにシド・ミードがいたんだ、彼は私と同じ人間なんだという痕跡を探して、
 
紙の端っこが汚れていたり折れ曲がっているのを見つけてはほっと胸をなでおろした。
 
我ながら器の小さいこと。
 
 
 
ラジオで出会ってたった半日の出来事だったけれど、濃い時間だった。
 
シド・ミードの絵が鮮明に目に焼きついている。
 
またすごいものに出会ってしまったよ。
 
 
 
帰りの電車ではロバート・A・ハインラインの有名なSF小説『夏への扉』を読んで、
 
飽きもせずシド・ミードとは違ったSF世界に浸るのだった。
コメント (2)
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