フジテレビが放映した、共同生活をテーマにしたリアリティ番組『テラスハウス』(2020年5月19日放送)に出演していた女子プロレスラーがSNSの誹謗中傷を苦に自死した事件(同5月23日)から1年が経った。警視庁は侮辱罪の公訴時効(1年)までに、ツイッターで複数回の投稿があったアカウントの中から2人の男を書類送検。また、女性の母親からの「過剰な演出」による人権侵害の訴えを受けて、BPO放送人権委員会は6回に及ぶ審理の結果を見解としてまとめ、ことし3月3日付で公式ホームページで公表している。
問題のシーンは、シェアハウスの同居人の男性が女子プロレスラーが大切にしていたコスチュームを勝手に洗って乾燥機に入れて縮ませたとして、「ふざけた帽子かぶってんじゃねえよ」と怒鳴り、男性の帽子をとって投げ捨てる場面だ。放送より先に3月31 日に動画配信サービス「Netflix」で流され、SNS上で炎上し、この日、女子プロレスラーは自傷行為に及んだことをSNSに書き込んだ。番組スタッフがこのSNSを見つけ、本人に電話をするなどケアを行っていた。ところが、5月19日の地上波放送では、問題のシーンをカットすることなくそのまま流した。これが、SNS炎上をさらに煽ることになり、4日後に自ら命を絶った。
BPOの見解は、怒鳴りのシーンは少なくとも相当程度には真意が表現されたものと理解でき、番組制作による演出ではないとして、人権侵害などは認めなかった。しかし、自傷行為など精神的な健康状態への配慮が欠けていたとして、フジテレビ側に放送倫理上の問題があったとの見解を示した。
書類送検とBPO見解で、この問題は一件落着したのだろうか。問題の根底には、番組制作サイドに「数字」へのこだわりがあったのではないか。自身の経験知でもあるが、テレビの番組制作者は視聴率にこだわる。地上波放送の場合、視聴率の評価基準である全日時間帯は6時から24時であり、この番組は深夜0時以降の放送で視聴率の対象外だった。では、『テラスハウス』の制作者は何の数字にこだわったのか。以下憶測だ。
リアリティ番組は出演者のありのままの言動や感情を表現し、共感や反感を呼ぶことで視聴者の関心をひきつけ、番組のSNSアカウントにフォロワーの獲得数としてそのまま数字として表れる。視聴率に代わる評価指標のバロメーターだ。数字を獲得すれば、深夜番組から格上げして、プライムタイム(午後7時-同23時)入りも可能だ。制作スタッフはここを狙っていた。なので、ツートされたコメントの内容より、数の多さにこだわった。
そう考えれば、動画配信サービスのSNS炎上で女子プロレスラーの自傷行為があったことにも配慮せず、放送でそのまま番組を流した理由も分かる。番組はこの事件をきっかけに打ち切りとなった。彼女の死から1年、この事件を教訓にテレビ局の制作現場は変わったのだろうか。(※写真は2020年5月23日付のイギリスBBCニュースWeb版で掲載された女子プロレスラーの死をめぐる記事から)
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