好奇心旺盛なおばさんのワクワク日記

勉学優先のセン業主婦!
遠くに見える富士山を眺めつつ、ワクワクしながら学習などにいそしむ日々を書き綴っています

『 和名類聚抄』を刊行した楊守敬について(1)

2013-07-03 21:26:53 | 学習
楊守敬という名前をどこかで見たような記憶があり、ある方の過去のブログを確認してみたところ、清末学者の「年譜」に載っていました。

日本の古辞書である『倭名類聚抄』を刊行するような人ですから、やはり有名な学者だったのですね。更に『明清著名蔵書家・蔵書印』を見てみると、やはりそこにも名がありました。名の知れた蔵書家でもあったようです。

中国の清代の学者がどうして『和名類聚抄』を刊行するに至ったのか知りたくて、楊守敬について調べてみようと思いました。『和名類聚抄』に序文があるので、まずそれを読めばいいのですが、何分にも白文ですので(断句は試みていますが)、誤読を避けるために予備知識(補強材料)を!と思って・・・ 

『楊守敬集』第一冊(主編:謝承仁)の総序によると、湖北省宜都生まれ、原名は開科、字は鵬雲、惺吾と号し、晩年は自ら鄰蘇老人と号した。四歳で父を亡くし、祖父のもとで成長した。歴史地理学家・版本目録學家・金石學家・書法家・蔵書家とのこと。
関係がありそうなところしか読んでいませんが、アメリカ・日本を訪れた際に著名な大学や図書館を訪問しているようです。しかし、『和名類聚抄』に関係するような記事は見当たりません。
「鄰蘇老人年譜」にも残念ながら刊行に関連した記事はありません。

『明清著名蔵書家・蔵書印』の解説に、「中日両国の文化発展に大きな影響をもたらした蔵書家・・・」とありますので、こちらをまず読んでみようと思います。
語学力が怪しいので、じっくりと読んでみようと思います。 

読書百遍義自ずから見る! 



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万葉仮名「陽(や)」

2013-07-03 20:15:21 | 漢文・漢字
美容院でパーマをかけている間、パラパラと週刊誌をめくって眺めていました。
すると、ある記事に「賀陽(かや)」という名前が書かれており、香淳皇后の実家・久邇宮家につながる旧宮家の一つと書かれていました。
「賀陽」を「かや」と読むということは、まさしく万葉仮名による当て字だと思いました。「賀」は『万葉集』・『日本書紀』では清音表記にも使われています。
思わず持っていた紙の裏にメモ! 

帰宅して、早速ネットで検索してみると以下のようにありました。

賀陽宮:賀陽宮(かやのみや)は、明治中期に久邇宮朝彦親王の第2王子邦憲王が、父宮がかつて称していた宮号を受け継いで、新しく創設した宮家である。賀陽宮の宮号は、朝彦親王の宮邸の榧(かや)の老木に由来するという。

やはり「榧」に「賀陽」を当てたのでしょうね。
『日本人の名字 なるほど・オモシロ事典』によると、戦後民主化をすすめたGHQは、十一家の宮家を皇族から一般国民に変更させ、その時、十一宮家は、それぞれ「宮」を除いた名称を新しい名字として一家を興しているということで、賀陽宮もその十一宮家に含まれていました。

残る旧宮家は、朝香・閑院・北白川・久邇・竹田・梨本・東久邇・東伏見・伏見・山階で、万葉仮名を当てた名字はなさそうですね。
このような旧宮家を「賜姓皇族」と言うのだそうで、テレビに出演していた竹田さんもこの「賜姓皇族」に当たるのですね。

なぜ「賀陽(かや)」という名前に過敏な反応をしたかは「『和名類聚抄』(光緒丙午楊守敬刊)(1)」を!




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