浪漫飛行への誘(いざな)い

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不思議な縁

2012年09月20日 19時50分53秒 | 日記
最近の出来事とは別に、自分史の整理のつもりで、過去の出来事や思い出も少し日記にしておこうかと考えています。

まず不思議な縁をいくつか。。。

①妻が長男出産時、同じ病室にいた2人と今でもおつきあいしている。 しかも、3人の子供の名前は偶然にも「ゆうき」「ゆう」「ゆき」。当然誕生日もいっしょ。

②今住んでいるマンションの前の持ち主(イタリア人と日本人のご夫妻)と今でもおつきあいしている。彼らは当時(15年前)すでにカナダのビクトリアに移住しており、契約のために来日。連絡先等は不明であったが、その後、ビクトリア旅行中に電話帳から彼らの名前を探し、おつきあいがスタート。定年後の留学先も結果的には、ビクトリアとなり、留学中もいろいろお世話になった。

③フランクフルト在勤中、同じマンションに住んでいたユーゴスラビア(当時)人と親しくつきあっていたが、帰国後、彼らの母国が内戦に巻き込まれ、消息不明となった。3,4年前、彼らのフルネームでGoogle検索をしたところ、何件かがひっかかった。ザグレブからインドへの経済使節団の名簿に載っていたもので、その組織にメールを送ったところ、しばらくして本人から、It's me. というメールが届き、交流が再開。2年前、18年ぶりに、ザグレブで彼らと再開、旧交を温めた。当時2歳であった下の女の子は今は乗馬のクロアチアチャンピオンとなっていた。上の男の子(当時8歳位)はウィーンで働いていたが、偶然にもザグレブの後、ウィーン滞在の予定であったので、再会を果たした。インターネットの検索機能ってすごいと実感しました。

④1983年にルフトハンザの卓球チームの来日に伴い、親善試合を行なった。彼らのベースはフランクフルトで、その2年後、偶然にもフランクフルト勤務になった。チームリーダーは住まいも近く、誘われて同じクラブチームで4年間いっしょに卓球をすることになった。お互いにリタイヤしているが、未だに行ったり来たりのおつきあいをしている。

⑤中国民航(当時)との友好卓球大会で知り合った女性(当時の国際航空局長兼社長の秘書)と今でも親しくおつきあいをしている。縁あって、民間レベルで中国に遠征する機会を得たり、中国との交流は、長いストーリーがあるので別途書き綴ってみたい。
コメント
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