今から20年ほど前、名古屋=プサン線の初便搭乗でプサンに行った時、当初は翌日飛行機でソウルに向かう予定だったが、ベッドに入ってガイドブックを読んでいる内に、セマウル号という特急で途中の歴史ある街に立ち寄ってからソウル入りしたい気持ちが急に湧き出て、急遽旅程を変更することにした。
はやる気持ちからかほとんど眠ることができず、早朝5時頃だったと思うが、ホテル前の海雲台のビーチの散歩に出た。砂浜を歩いていると、一人の若い女性がこちらに向かって歩いて来た。彼女から日本語で声をかけてきたが、話を聞くと小田和正のファンだという。どうして、こんな早い時間に砂浜を一人で歩いているのか訊いてみたところ、今ソウルから夜行で着いたばかりで、その足で海岸まで来たという。ソウルの大学で勉強中であるが、今後の進路に悩んでいて、急に海が見たくなって、夜行に飛び乗ってプサンまで来たという。彼女は片言の日本語ができたので、日本語と英語のチャンポンで会話を続けることができた。
朝食前だったので、よかったら、いっしょに日本食の朝食でもとどうかと勧めたところ何も食べてないし、日本食を是非食べてみたいとのことで、ホテルの日本食レストランで朝食をご馳走することにした。日本が大好きなようで、話はいろいろ盛り上がり、楽しい朝食となった。
海を見たいということでプサンに来たとのことだったので、20数階にある自分の部屋のベランダから物凄く綺麗に海が見えるという話をしたら、是非見せてほしいと頼まれた。一瞬躊躇した。というのも、若い女性が男性のホテルの部屋に入るということはどういうことを意味するのか。。。でも純粋な彼女の目を見たら、何のやましい気持ちもなく、ベランダから見せてあげたい一心で部屋に案内することにした。彼女はベランダからの素晴らしい景色に感動し、写真も何枚か撮ってあげたので、大変喜ばれた。
旅程を急に変更したので、朝食後は空港ではなくプサンの鉄道駅に行くことにしていたが、彼女も特に予定がないということで、お礼にプサン駅まで案内してくれるという。ホテルをチェックアウトし、駅に行ったところ切符の窓口には長蛇の列。
セマウル号は人気のある特急で、窓口での話では夕方まで満席状態とのことであったが、ひとまず列に並ぶことにした。よく見ると窓口は二か所あって、一つは外人旅行者用、もう一つは韓国人専用のようであった。外人用に彼女と二人で並んでいたところ、韓国人用窓口のところで係員が急に何か韓国語で大声をあげた。すると、それに呼応するように、彼女が手を上げて窓口に走った。
後で訊いたら、「まもなく出発する特急にキャンセル席が出ました」と韓国語で言ったようで、すかさず彼女は、「それを下さい」と言って窓口に走ったとのこと。韓国語での案内なので、他の旅行者は何もわからず、小生のみ、彼女のおかげで、夕方まで待つことなく、すぐに出発する特急の切符を買うことができたのである。時間を無駄にすることなく、歴史ある昔の百済の首都、扶余に向かうことができたのは大変ラッキーであった。
彼女はこの後、いくつかのお寺を見た後、また夜行でソウルの戻るということだったので、ソウルで再会を約束して別れを告げた。ソウルでは、会社の友人と会う約束もしていたので、結果的には、残念ながら、うまく連絡がとれず再会を果たすことはできなかった。
まるで、小説にも出てきそうなストーリーの展開であるが、これは実際にあった話である。
まず、女子大生が人生に悩んで急に海を見たくなってプサンの砂浜を早朝5時に歩いているのも変だし、そこに自分もあまり寝られずそんな時間に歩いていて、会話を交わすことになるのも変だし、見ず知らずの二人(40代の男と女子大生)が一緒に朝食を取るのも変だし、若い女性が見知らぬ男性のホテルの部屋に一人で入って、何事もなくベランダから海を眺めるのも変だし、彼女のおかげで、満席の特急のキャンセル席が買えたのも変だし、何もかもかもが現実には起こりそうもないことであるが、すべて事実なのである。