久しぶりにユーナが里帰りした。ユーナにとってはユクレー島が故郷だ。だから、里帰りとなる。ちなみに、子供の頃からユクレー島にいて、長く暮らした者はごく少ない。ユーナとチシャだけである。チシャは今、漁師となって遠洋漁業の仕事に就き、もう2年ほど帰っていないが、彼にとっても故郷はユクレー島の他に無い。
ユーナは今年の春、大学生となり、オキナワの大学に通っている。帰ろうと思えばすぐに帰れる距離にいるので、夏休みになって、早速の帰省となったようだ。それと今回は、マナが産休ということで、マナの代わりにユクレー屋の手伝いという役割もある。
ユクレー屋に入ると、いつものようにカウンターにケダマンが座っていて、既にジョッキのビールを口にしている。そして、カウンターの向こうには久しぶりのユーナだ。ケダマンの隣に腰掛けながら、
「やー、元気そうだね。私もビール。」と声をかける。
「うん、久しぶり。」と言って、ユーナはニカッと笑う。口を横に大きく広げて、歯を見せて笑う。ちっとも変わっていない。子供の頃と同じ笑い方だ。
「はい、お待たせ、ビール。」と言って近付いたユーナの顔が、柔らかく微笑んでいる顔がしかし、それは以前とどこかちょっと違う。
「ユーナ、何だかちょっと雰囲気違うな。」(私)
「ん?そうか?おっ、そういえば、どことなく大人びて見え・・・あっ、ユーナ、おめぇ、もしかして化粧して無ぇか?」(ケダ)
「私だって女子大生だよ。もしかしなくても化粧くらいするさあ。」
「そうか、そうだね。女子大生なんだな。でも、そう濃くは無いね。」(私)
「えへっ、元がいいからね。濃くする必要は無いのさ。ナチュラルメークさ。」
「元が良いかどうかにはちょっと疑問があるが、まあ、そうだな、口紅も薄いし、ケバっている感じは全く無いな。でも、どこか何か違うなあ。」(ケダ)
「そうだ、あれだ、眉毛抜いたりするんだよ、今時は。」(私)
「残念ながら、あいにく私は元々薄くてさ。逆に描いているよ。」
「あー、それだ。ユルユルだった顔が、それでキリっとしてるんだ。だから全体の雰囲気がちょっと違って感じられたんだ。」(私)
と、ここで、ガジ丸一行(ガジ丸、ジラースー、勝さん、新さん、太郎さん)がやってきて、話は一時中断した。ジラースー、勝さん、新さん、太郎さんは奥のテーブルでウフオバーを加えて、いつもの会議となり、ガジ丸は我々に加わった。
「化粧が濃いって言えば、マナは濃かったな。ここに来た時分は。」(ケダ)
「でもすぐに、さっきユーナが言ってたようなナチュラルメークになったよ。」(私)
「あれだよ、この島でケバっても詮無きことと気付いたんだぜ。」(ケダ)
「そういえば、この島の女の人はほとんど薄化粧だよね。そういえば、マミナ先生の家にもウフオバーの家にも化粧品なんて一つも無いよ。」(私)
「マミナはともかく、ウフオバーに化粧品は不要だぜ。何しろあの魔女は、顔を手でゴシゴシするだけで美女に変身できるからな。」(ケダ)
「何の話さ?」とユーナが訊くが、我々は知っている。ケダもそれには答えず、
「しかしよ、化粧なんてのは男を騙しているようなもんだぜ。俺も人間だった頃、何度化粧に騙されたことか。まったく、女はバケモンだぜ。」
と、ここで、今まで黙っていたガジ丸が口を開いた。
「見た目に騙される方がバカだと俺は思うけがな。」
「そうだ、そうだ。」とユーナが大喜びする。それを制して、
「あのな、」とガジ丸はユーナの方に顔を向けて、話を続ける。「ユーナもそろそろ恋する季節だから言っとくけどな、良いことも悪いこともひっくるめて人格なんだ。化粧したって良いんだ。きれいな服や宝石で着飾ったって良いんだ。禿げがカツラをしたっていいさ。それもこれも全部ひっくるめて、その人がその人であることを認めてあげるのが先ず第一だ。そうして、その後に、付き合えるかどうか判断すればいいんだぜ。」
何か随分と真面目な話を、珍しくガジ丸が語ったが、
「うん、分った。」とユーナは素直に肯いた。ガジ丸に対しては元々素直なんだが、ガジ丸が言う通り、ユーナは恋する季節に差し掛かっているのかもしれない。
「あー、そんな話で思い出した。そういう唄があったんだ。昔、クガ兄が、オキナワがオキナワらしさを失いつつあるのでは無いかと案じて作ったそうだ。」ということで、この後、ガジ丸が、クガ兄作『シークヮーサーの反逆』を歌い、それをきっかけにカラオケ大会となり、古い曲しかなかったが、ユーナも大いに歌って、ユーナが久しぶりに里帰りした日の夜は、賑やかに更けていったのであった。
記:ゑんちゅ小僧 2008.7.4 →音楽(シークヮーサーの反逆)