いつもの週末、いつものユクレー屋、いつもの、では無いユーナがカウンターの向こうにいる。夏休みで島に帰ってきて、身重マナの代わりにユクレー屋で働いているのだ。そして、いつもの、毎度お馴染みのケダマンが座っている。
ユーナにビールを注文して、まだぜんぜん普通のケダマンに、
「やー、何か今日はまともだな。あんまし酔ってないね。」と声をかける。
「あー、」とケダマンが応えるより先にユーナが、
「この人も、さっき帰って来たばかりなんだよ。」と言う。
「帰って来たって、どこに行ってたんだ?」
「オバーと二人でマナのとこへ行って来たってさ。」と、またもユーナが答える。
「何しに、」と言って、私はすぐに気付いて、「ウフオバーと一緒ということは、何しに?と訊くまでも無いか。どうだった、マナは元気だった?」
「おー、元気だったぜ。そろそろ店に戻ろうか、なんて言ってたよ。」
「そうか、そりゃあ良かった。もう安定期だしな、つわりが治まっているんだったら体は動かした方が良いって言うしな、店で働いた方が良いかもな。」
「なんだ?つわりが治まったら体調が安定するってか?そうなのかユーナ?」
「そんなこと私に訊かれても分らないよ。」
「いや、私も実は、よく分らない。そう聞いた覚えがあるだけだ。」
ということで、正しく、詳しい話はウフオバーから聞くこととなった。
「だいたい妊娠16週くらいになると安定期になるって言われているねぇ。安定期になったっていうのは、流産する危険性が少なくなってね、母親の体調も安定するってことさあ。つわりは、誰にでもあるってわけじゃないけど、ある人は、妊娠2ヶ月くらいから始まってね、そして、安定期になると、つわりも治まる人が多いみたいねぇ。」
とのことであった。で、マナについては、
「マナは、前に妊娠したときはほとんどつわりが無かったらしいけどね、今回は何かちょっときつかったみたいでね、だから、店も休ませたわけさあ。でも、もう大丈夫みたいだよ、元気だったよ。来週からは店に出られるさあ。」とのこと。
「どんなんだろうな、お腹に赤ちゃんがいるなんて、幸せなんだろうな。」と、子供を産むなんてまだずっと先、どころか、結婚相手の目処は全く無く、恋人さえもできるかどうか不安な状態にいるユーナが、しみじみと言う。
「そりゃあ、幸せだろうね。ユーナもそのうちさ。」と私が優しく言うと。
「バーカ言っちゃいけねぇぜ兄さん。マナには色気があったがな、ユーナには色気なんてこれっぽっちも無いぜ、そんな女が結婚なんて夢のまた夢だぜ。」とケダマンがいつものように憎まれ口を叩く。当然のこと、ユーナは怒る。
「あっ、こんちくしょう、言いたいこと言いやがって!」と、ユーナはカウンターから手を伸ばしてケダマンの髪の毛を掴んで、耳を自分の口に近づけて
「そのうち私にもさ、色気ぐらい付くさ。」と大声で叫んだ。
「アホッ、」と、ケダマンはユーナの手を払って、「鼓膜が破れるわい!第一、そういった口の聞き方や態度がな、色気から遠ざけるんだ。」と続ける。ユーナも、もしかしたらそうかもしれないと思ったのか、手を引っ込めて、大人しげな声になって、
「じゃあさ、色気ってさ、どうやったら付くのさ?」と訊く。
「まあ、そうだな。とりあえずはそうやって大人しく、慎ましくしておくんだな。そして、ここぞという時にだな、寄り添ったり、さりげなく顔を近付けたり、じっと見つめたり、そっと手を膝の上に置いたり、甘い声で囁いたりするんだ。」
「うっ、何でそんな、男が望むような女の振りをしなくちゃいけないのさ!バッカみたい。いいよ私は、そんなことするくらいなら一生独身でも。私は私であり続けるよ。そんな私に惚れてくれる男が一人くらい出てくることを期待するよ。」
一人ぼっちだったユーナの、生活の面倒をみたのはシバイサー博士だったが、ユーナの遊び相手となって、精神的な成長の面倒をみたのはガジ丸である。「自分の感性を大事にして、自分らしく生きなさい。」と教えたのはきっとガジ丸であろう。
「それで良いと思うよユーナ。そんなユーナに惚れる男はきっと五万といるさ。未来にはきっと幸せが待っているさ。」と私はユーナを慰めた。ユーナに笑顔が戻る。ところが一方、ケダマンが黙ったままだ。何か考え事をしているみたいである。
「どうしたんだい、何考え事をしてるんだ?」
「いや、もしかしたらよ、俺が人間だった頃モテなかったのは、俺が俺の感性ばかり大事にして、相手に好かれようと何ら努力をしなかったせいかなあと思ってな。イイ女だと思ったら、その思いが俺にとっては大事だったんだな。イイ女に向かって次々と突撃したんだが、ことごとく失敗したな。」としみじみ語る。すると、ユーナが判決する。
「バーカ、あんたの場合はその浮気性がダメなんだよ。」と。
私もユーナの意見に賛成する。そして、自分の何が悪くて何が良かったかについての認識の甘さも、ケダマンがモテなかった要因として、付け加えておきたい。
記:ゑんちゅ小僧 2008.7.11