もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

参院選終わる

2022年07月11日 | 与党

 参院選が終わり、維新の躍進が予想を下回った他は予想通りの結果になったと思っている。

 付け焼刃で生半可の知識であるが、国もしくは国家を指す英語は、「Nation」または[state」が多用されるが、二つの言葉の語源・成り立ちから云って、「Nation」が政府の下で国民が運命共同体的に結集するのに対して、「state」は個人の権利(欲望?)は国家権力をも超越するとするもので政府と国民は敵対関係にあると云う意味合いを含んでいるらしい。
 立民の泉代表は、敗戦の弁で「立憲民主党の幅の狭さみたいなものが『政権を任せるにはまだ至らない』という判断を戴いたのではないか」と述べている。
 ウクライナ事変は、日本国民に「自分の国を守るためには自分を含めた国民の協力・犠牲が不可欠であること」、「自分の将来を託すためには政府は攻撃対象ではなく共に盛り立てていくべき存在」ということを自覚させたのではないだろうか。これは日本のみならず、NATO加盟に転舵した北欧、徴兵制を復活させた数か国の国民が、一様にそれらの政策を支持していることにも窺える。
 西側社会にあっては、これまで人権を絶対視する「state」的国家観こそが正義で、政府は攻撃・監視の対象でしかないとすることが時流であったために、国民も立憲民主党の政権攻撃に喝采を送るとともに一定の支持を与えていたという面もあるのではないだろうか。しかしながら、ウクライナ事変に触発されて「Nation」的国家観を抱き始めた有権者に対して、将来に付けを回すことが確実な消費減税・護憲を始めとする現世利益しか提示しない立民が有権者から背を向けられることは、当然であるように思える。
 泉代表の敗戦の弁は、これまでの地方組織の脆弱性や広報不足を挙げていたことに比べれば、党勢凋落の真因を言外に滲ませたもので公党として半歩の前進かとも思えるが、選挙特番に見せた蓮舫氏や辻元氏のコメントを見る限り、首脳部の共通認識にまでは至っていないかのように思える。

 「恥を知りなさい」の三原じゅん子氏がトップ当選する一方で、政権追及には歯に衣着せぬ森裕子氏が落選したことを見れば、当落を分かつ分水嶺は、単に言葉の強弱ではなく、甘言の多少であるように思える。とは言え、甘言満載で現世利益しか示さない「れいわ新選組」が当選者を出したことは何と考えれば良いのだろうか。


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