◇被害者家族のよりどころ、欠かせぬ療護センター
河内長野市の川上浩史さん(43)は毎晩、近所の病院を訪ね、重い意識障害で入院する妻美保子さん(45)の口内をマッサージし、寝たきりの体の向きを変える。春には自宅介護を始める。「専門病院で治療を受け、一般病院でも困らなくなった。家に連れ帰る算段がつきほっとしています」。ところが今冬、夫妻のように交通事故で意識障害を負った被害者家族のよりどころが揺らぎそうになった。
美保子さんは08年7月、トラックにはねられ遷延(せんえん)性意識障害を負った。自力で移動・摂食できない、発語できないなどの症状がある。交通事故で同障害を負った患者専門の病院「中部療護センター」(岐阜県)に2年入院し、地元の病院に移れるまで安定した。川上さんも介護の基礎を学んだ。
療護センターは委託病床を含め全国に6カ所(262床)。いずれも担当看護師が1~3人ほどの患者を受け持つ手厚い看護と先進医療、充実したリハビリを施す。入院期間は現在2~3年。茨木市の女性(65)の長女(41)は他の病院で「治らない」とさじを投げられたが、岡山県内のセンターに入院中、食べ物を自分でつかんで口に運べるようになった。
同障害には決まった治療法がなく、重症患者の長期入院は診療報酬が下がるため、一般病院では敬遠されがちだ。「センターがなければ、病院探しで私まで疲れ果てたかもしれない。加害者を捜査する検察庁に診断書を出すなど交通事故ならではの事務にもスムーズに対応してもらえた」と川上さんは振り返る。
ところが昨年10月、国の行政改革で、センターを運営し在宅の交通事故被害者も支える独立行政法人「自動車事故対策機構」(NASVA)を解体する案が浮上した。自動車損害賠償責任(自賠責)保険の運用益で予算が賄われ、税収に頼らないのにだ。
全国の被害者団体が「支援の空白を生む」と再考を求めた結果、今月下旬に存続が決まった。長男(39)が岡山県内のセンターに7年半入院した大阪狭山市の女性(67)は「今も受け皿が足りない。解体どころか、より多くのセンターが必要」と訴える。一方で川上さんは「誰もが被害者になりうるため自賠責保険で救済する仕組みがあるのに、あまり理解されていない。支援策の存在や重要性を知ってほしい」と話す。
NASVAの努力が求められる一方で、川上さんらの声が、これから事故に遭うかもしれない私たちをも代弁していることを考えずにはいられない。
毎日新聞 2012年1月31日 地方版
河内長野市の川上浩史さん(43)は毎晩、近所の病院を訪ね、重い意識障害で入院する妻美保子さん(45)の口内をマッサージし、寝たきりの体の向きを変える。春には自宅介護を始める。「専門病院で治療を受け、一般病院でも困らなくなった。家に連れ帰る算段がつきほっとしています」。ところが今冬、夫妻のように交通事故で意識障害を負った被害者家族のよりどころが揺らぎそうになった。
美保子さんは08年7月、トラックにはねられ遷延(せんえん)性意識障害を負った。自力で移動・摂食できない、発語できないなどの症状がある。交通事故で同障害を負った患者専門の病院「中部療護センター」(岐阜県)に2年入院し、地元の病院に移れるまで安定した。川上さんも介護の基礎を学んだ。
療護センターは委託病床を含め全国に6カ所(262床)。いずれも担当看護師が1~3人ほどの患者を受け持つ手厚い看護と先進医療、充実したリハビリを施す。入院期間は現在2~3年。茨木市の女性(65)の長女(41)は他の病院で「治らない」とさじを投げられたが、岡山県内のセンターに入院中、食べ物を自分でつかんで口に運べるようになった。
同障害には決まった治療法がなく、重症患者の長期入院は診療報酬が下がるため、一般病院では敬遠されがちだ。「センターがなければ、病院探しで私まで疲れ果てたかもしれない。加害者を捜査する検察庁に診断書を出すなど交通事故ならではの事務にもスムーズに対応してもらえた」と川上さんは振り返る。
ところが昨年10月、国の行政改革で、センターを運営し在宅の交通事故被害者も支える独立行政法人「自動車事故対策機構」(NASVA)を解体する案が浮上した。自動車損害賠償責任(自賠責)保険の運用益で予算が賄われ、税収に頼らないのにだ。
全国の被害者団体が「支援の空白を生む」と再考を求めた結果、今月下旬に存続が決まった。長男(39)が岡山県内のセンターに7年半入院した大阪狭山市の女性(67)は「今も受け皿が足りない。解体どころか、より多くのセンターが必要」と訴える。一方で川上さんは「誰もが被害者になりうるため自賠責保険で救済する仕組みがあるのに、あまり理解されていない。支援策の存在や重要性を知ってほしい」と話す。
NASVAの努力が求められる一方で、川上さんらの声が、これから事故に遭うかもしれない私たちをも代弁していることを考えずにはいられない。
毎日新聞 2012年1月31日 地方版