注意欠陥多動性障害(ADHD)がある人には、度重なる失敗が原因で仕事が続かないなど、生活が困難になる人もいる。就労や社会生活を円滑にするため、さまざまな支援が広がりつつある。
神奈川県の男性(33)は二十四歳でうつ病になり、二十九歳のときADHDと、発達障害の一つでコミュニケーション障害などがあるアスペルガー症候群と診断された。「うまくいかない原因はこれかと思ったけれど、どう向き合えばいいのか分からなかった」
頼りにしたのは、地元の発達障害者支援センターだった。定期的に通い、仕事や生活について相談。診断を得たことで、就労支援など利用できる制度は増えたが、希望する分野では障害者向けの求人がないなど、相談事は尽きなかった。
今は七カ所目の職場で上司だけに障害を伝えて働く。人間関係は今も苦労しているが「センターの担当者が『どんどん前に進んでいる』と言ってくれるのが励み」。
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製薬会社の日本イーライリリーによる、ADHDと診断された十八歳以上の男女百人への昨年の調査では、就労経験者では、転職回数が五回以上という人が最多。就労中の六十九人では、年収百万円以下が約22%と最も多かった。
「発達障害のある人への就労支援制度は、近年大きく進んだ」と、日本発達障害ネットワーク(JDDネット)理事の大塚晃・上智大教授(障害者福祉論)は話す。発達障害者支援センターでの相談のほか、障害者向け専門支援として、各地の障害者職業センターや、ハローワークの専門窓口が利用できる。
一般雇用でも、全国三十四カ所のハローワークでは発達障害の特性などに配慮した「就職支援ナビゲーター」のサポートが受けられる。ジョブコーチ制度や企業向けのハンドブックなどもある。
臨床心理士らでつくる相談室「大人のための発達障害サポートセンター」(東京都品川区)には最近、企業からの相談が増えている。
本人の希望に応じて検査を行い、得意と不得意をつかむ。書き間違いやチェックミス、会議の流れがつかめない、電話でのやりとりの内容を記憶できないなどの困り事を細かく聞き、オーダーメードで解決策を探る。
「職場でも対応策が分からず、ようやくたどり着くケースも。多くの人が、もっと早く気づくようになってもらえたら」と井口和子代表。
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“居場所”づくりによる支援もある。発達障害者のフリースペース「ネッコ」(東京都新宿区)では、当事者による勉強会や就職講座、専門家の講演会を開催。利用者は三十~四十代が中心だ。
運営者の金子磨矢子さんは「引きこもりやニート、生活保護を受けている人も多い。ここを外に出る第一歩にし、会社で疲れたときに仲間に会える場所にしてほしい」。
JDDネット理事長の市川宏伸・小児総合医療センター顧問は「ADHDなど発達障害のある人は、合う仕事に就けば能力を発揮できるケースも多い。サポートや制度を活用し、自信をつけて」と話している。
◆長野・信州大 希望者にサポート講座
長野県の信州大では三年前から、新入学生の約半数に「大学生活に関する困りごと調査」を実施。発達障害特有のニーズも把握しているが、支援を受けるかどうかは学生の希望に任せている。
発達障害支援部門長の高橋知音教授(心理学)は「大学入学後は、自己管理や生活管理の問題に気づきやすい時期」と話す。高校時代までは親や教師がサポートしてくれていたが、単位の取得や一人暮らしなどは、自分で計画し、実行しなければならないからだ。
支援希望者には時間管理やストレス対処法などの講座を提供。参加者の多くが問題を自覚し、良い変化がみられたなどの効果があったという。「社会に出たら、やるべきことは増える一方。大学時代に生活スキルを高めておく意味は大きい」と高橋教授は話している。
ネッコで開かれた「勉強会」。ADHDのあるイラストレーター・大橋ケンさん(左から2人目)が、思考を明確にする図解法を話した=東京都新宿区で
東京新聞 - 2012年2月7日