絵記号を使ったり、音声で読み上げたり。障害者にも読みやすい工夫がこらされた本が、少しずつ広がっています。
字を読むのが苦手でも楽しく本が読めるよう、絵記号やイラスト、写真がもりだくさんの「LLブック」という本があります。
例えば「通勤・通学」は「学校や仕事に、かよう」とするなど、やさしく読みやすい文章で、漢字にはふりがながあります。絵記号は、「うれしい」、「おいしい」といった気持ちも伝えます。
LLはスウェーデン生まれで「やさしく読める」の意味。1960年代、そのスウェーデンで、健常者と同じように情報を得たいという、知的障害がある青年らの思いに応えようと生まれました。同国では国の補助を受け、年に30冊ほど作られています。
LLブックを日本で広めようとしているひとりが大和大学(大阪府吹田市)教授の藤澤和子さん(言語・コミュニケーション障害学)です。
昨年、大阪芸術大図書館サークルと「わたしのかぞく」というLLブックをつくりました。まちがえてパンツをぞうきんにしてしまうおとうさんらのコミカルな姿を写真で表現。図書館に配りました。4月には、続編「わたしのかぞく なにが起こるかな?」が完成。書店で売られています。
藤澤さんは知的障害者らのコミュニケーションを支援する研究をしており、95年にスウェーデンを訪れてLLブックを知りました。知的障害者に聞くと「旅の本が読みたい」「恋愛の本がほしい」とかえってきます。だけど漢字やことばが難しくてあきらめることが多いそうです。「知的障害がある青年や大人が読める本が日本には少ない。多くの人といっしょに、ジャンルを増やしていきたい」と藤澤さんは力を込めます。
京都精華大マンガ学部の研究者らと「LLマンガ」づくりも進めています。知的障害がある女性の恋愛と自立を描いたスウェーデンのLLブック「赤いハイヒール」を原作に、同学部准教授の都留泰作さんが、絵の表現、コマ割りや吹き出しの位置などを工夫してマンガにしました。都留さんは「ヒットマンガを知的障害の人でも読めるように作りかえることや、外国人に情報を知らせる実用マンガのようなものも考えられるのでは」と話しています。
障害者福祉の本を出している出版社「Sプランニング」は、「グループホームで暮らす」など4冊のLLブックを出しています。「特別支援学校などで、これから自立生活する人が読んでくれています」と代表の鈴木伸佳さん。
図書館などでつくる「近畿視覚障害者情報サービス研究協議会」によると、2013年3月時点でLLブックの数は約80点。大阪市立中央図書館など、LLブックを集める図書館は少しずつ増えているそうです。
■読みあげ部分、見てわかる
読み上げ機能で目でも耳でも楽しめる電子書籍が「マルチメディアデイジー図書」です。絵本や児童書、教科書などがあり、専用ソフトが入ったパソコンやタブレットで読みます。
試しに宮沢賢治の「注文の多い料理店」を読んでみました。「再生」をクリックすると、文章が聞きやすい声で流れてきます。読んでいる文字の背景の色が変わるので、どこが読まれているのか目で追いやすいことが実感できます。背景の色、読む速さ、字の大きさも変えられます。弱視の人や発達障害がある人にも使いやすいそうです。全国の団体やボランティアグループがつくっています。
奈良市の中学2年生、トモナオ君(13)はマルチメディアデイジーの教科書を使っています。発達障害で、読み書きは苦手。教科書を大きくコピーして少しでも読みやすくしていましたが、宿題も夜遅くまでかかり、学校を休みがちになってしまいました。
小学5年の2学期、相談に行った市教育センターの教員に教えてもらい、国語や社会のマルチメディアデイジーの教科書を手に入れました。読み上げ機能などのおかげでずっと分かりやすくなりました。「読んでいるところの背景の色が変わるのがいい」とトモナオ君。自分も勉強ができるんだと、自信につながっています。
同じく発達障害がある妹で小学3年のチカコちゃん(8)もマルチメディアデイジーの絵本を読むのが大好き。母親(41)は「マルチメディアデイジーは、子どもたちが未来を開くツールのひとつになる」と話しています。
■どこで手に入る?
●Sプランニング(03・3773・1636 http://www.s-pla.jp/)
ホームページや電話、ファクスで注文する。
●全国手をつなぐ育成会連合会
仕事や料理など、自立生活についてのLLブックを出している。「日本発達障害連盟」のサイト(http://www.jldd.jp/)から購入できる。
●小中学校のマルチメディアデイジー教科書
「日本障害者リハビリテーション協会」のホームページ(http://www.dinf.ne.jp/doc/daisy/ 03・5273・0796)から申請する。ダウンロードは無料。教科書以外の本も、無償や実費で提供している。
●サピエ図書館(https://www.sapie.or.jp/)
日本ライトハウス情報文化センター(http://www.iccb.jp/)
マルチメディアデイジー図書を無償でダウンロードできる。
2015年6月5日 朝日新聞デジタル