義足が普及しない理由
小川:遠藤さんは、だからこそ、研究者であると同時に、開発者であり実業家なんですよね。論文だけに終わらせたくない、どうしても優れた義足を世の中に提供したいという思いが強い。
遠藤:そうなんです。だから僕は自分のことをエンジニアと名乗るんです。論文だけでは満足できなくて(笑)。もちろん論文を残すことも大事なのですが、やはり製品という形にして、それを患者さんが使って、笑顔になるのをみたいなと。そこが僕のモチベーションです。
小川:埋もれたままの研究や論文、特許はたくさんありますからね。もったいないというか。研究と実用化のブリッジをする人がもっといないといけないなと思いますね。
遠藤:日本には特にそのプレイヤーが少ないですね。基礎研究が素晴らしい人はたくさんいるんですね、日本には。でも多くの研究が実用化できずに埋もれてしまう。その点で、MITメディアラボは、研究と実践のバランスが良いと思います。
小川:遠藤さんが手がけられているロボット義足に関していえば、日本ではどれくらいの研究者、エンジニアがいるのですか。
遠藤:知る限りでは、僕の他にはいないと思います。
小川:なんと、遠藤さんしかいないとは。ロボット義足普及のためには、さみしい現実ですね。
遠藤:そうですね。日本ではベンチャーがなかなか育たなかった。そして、日本は民間企業が強く、大学というよりも、研究をできる大企業が技術を牽引してきた面はありますね。とはいっても、大企業には意思決定のスピードが遅いという弱点もあり。
小川:それに、儲かりそうもないことには企業はなかなか投資しないし、ロングテールで存在する課題の解決を網羅していくには大企業だけでは限界があります。さらに、新しい課題は増え続け、環境変化も激しいですから、アンテナの感度とスピード感を上げていかなければならないと思うんです。
遠藤:変化を求められている時代には、まさにそうですよね。
小川:ITのような新しい分野では、ベンチャー企業がイノベーションを牽引しやすいという実感はありますが。
遠藤:ちょっと話はずれるかもしれませんが、陸上競技の大会にエントリーする時に、いまだにファックスで、というのがあるんですよ(笑)。大会情報もWebに全く掲載されずに、結果はPDFで添付されるという。昔ながらのスタッフが運営していて、新しいことをやろうとしない結果ですよね。これでいま回っているからいいや、みたいな。
小川:一度つくったもの、決めたことを変えるということをしたがらない場面には多々遭遇しますね。前例主義的で。本音の理由は、よくわからないから、面倒くさいから、責任取りたくないから、というように。
遠藤:日本に帰国してから感じたことはまさにそれで、ひとつの分野から踏み出して他の分野にいくという敷居もすごく高いなと。日本人のマインドセットというか、ある業界において他の業界から入ってきた人に対して冷たいというような話もよくあります。
目指すは『攻殻機動隊』の世界
小川:そういう閉塞感は払拭したいですよね。遠藤さんは、義足以外に関心があることとか、これから活動を広げていきたい分野はあるんですか。
遠藤:『攻殻機動隊』というアニメがありますが、昔はSFと現実が離れすぎていました。この前、脚本を書かれている冲方丁さんとも話したのですが、最初は攻殻機動隊が現実、テクノロジーを意識することはあまりなかったようなんですね。それが、テクノロジーが発展するにつれ、だいぶ現実を意識するようになって、現実に歩み寄ってきていると。
攻殻機動隊の中で描かれていたのは、義体化されている人とされていない人が、運動神経に大きな違いがあるにもかかわらず、お互いリスペクトしているような社会なんです。
僕が目指しているのはまさにそういう社会で、ロボット義足であるとか競技用義足であるとか、障害者とか健常者とか、それぞれがあまり意識されずに過ごせるにようにしたいと。それを実現するのは、テクノロジーの力だと考えています。何か他の分野に進出したいというより、義足を特殊な分野にしたくないなと。
小川:ロボット義足や競技用義足を普及させたいというだけではなく、それを特別なものにしない、フラットな社会にしたいという思いですよね。
遠藤:そうなんです。いちいち区分することがない社会が良いですね。
100年後を描く
小川:テクノロジーとともに、人間のマインドセットも重要ですよね。ヒュー・ハー教授の「身体に障害を持つ人なんていない。テクノロジーに障害があるだけだ」という言葉に感銘を受けているのですが、まさにそのような感性が必要だなと。
遠藤:その通りだと思います。
小川:ちなみに、100年後のロボット義足、ヒューマノイド全般、それを取り巻く社会はどのようになっていると思いますか。
遠藤:たとえばロボット義足でいえば、見た目はたいして変わっていないと思います。もちろんテクノロジーの進化によって、個々の部品は小さくなって、性能も向上してと。それ以上に、ロボット義足をつけている人を、周囲が気にしたり、意識したりしなくなっているんじゃないかと思うんです。テクノロジーはさることながら、メンタリティーが成熟している。
ロボットに関していえば、人間の感情を持つことは難しいと思うし、ロボットに介護されるのも個人的には違和感があります。やはり産業用が主で、ロボットは一家に一台という状況にはなっていないのではないかと。掃除機の延長線上くらいで。ロボットが人間の代わりを担うようになると、人間が人間とコミュニケーションをとる量が減って、人間独特の優しやさ思いやりというような感情が薄れてしまうんじゃないかと思ってしまうんです。ロボットで利便性を得られたとしても、その分失うものがあるのではないかと。特に感情の側面で。
小川:なるほど。ロボットに携わるエンジニアの遠藤さんの見解だからこそ面白い。最後に、これからの目標、夢を教えてください。短中長期、いろいろあると思いますが。
遠藤:短期の夢ははっきりしていて、僕の友達を治すことですね。彼は骨肉腫になって、2回転移しています。5年以内の生存率が50%を切るという統計などもあるのですが、それに対して、僕は2005年にMITへ留学して、5年以内に卒業して、義足をつくって彼に届けるという目標を立てていました。しかし、10年経ってもまだ完成していないというのがとても悔しくって。
だからまず、彼が日常的に使えるロボット義足を完成させることです。2016年のサイバスロンへは、彼と一緒に行きたいんです。僕がつくった義足を彼につけてもらって出場したい。中長期的には、ロボット義足が当たり前な社会をつくりたいです。障害者、健常者という区分をしないような社会になったら良いなと思います。
遠藤謙(えんどう・けん) ソニーコンピュータサイエンス研究所研究員、Xiborg代表取締役。2001年慶應義塾大学機械工学科卒業。03年同大学大学院にて修士課程修了。05年より、マサチューセッツ工科大学メディアラボ(MIT)バイオメカニクスグループにて博士課程の学生として下腿義足の開発・研究を行う。12年、MIT博士取得。現在、ソニーコンピュータサイエンス研究所研究員を務める一方、14年に競技用義足開発などを手掛けるXiborgを起業、代表としても活動する。12年、MITが出版する科学雑誌Technology Reviewが選ぶ35才以下のイノベータ35人(TR35)に選出された。
小川和也 (おがわ・かずや) アントレプレナー、デジタルマーケティングディレクター、著述家。グランドデザイン株式会社 代表取締役社長。慶応義塾大学法学部卒業後、大手損害保険会社勤務を経て、数々のITベンチャービジネスの立ち上げや、デジタルマーケティングディレクターとして、大手企業や行政、アーティスト等の先端的デジタルマーケティング事例を数多くつくり続けている。西武文理大学特命教授を務め、著書、講演、メ ディア出演多数。ビジネスだけではなく、デジタルと人間や社会の関係の考察と言論活動を行なっている。日本で初めて同タイトルの概念をテーマとした著書 『ソーシャルメディアマーケティング』(共著・ソフトバンク クリエイティブ)などを執筆。最新刊は、人間に大きな恩恵をもたらす一方で不思議な違和感をも生むデジタルの不気味さといかに向き合うべきかを説いた『デ ジタルは人間を奪うのか』
(講談社現代新書)