知的障害者らが利用する山口県下関市の指定障害福祉サービス事業所「大藤園」(利用者数55人、支援員数11人)で利用者を暴行したとして、山口県警は10日、同園の元支援員を暴行容疑で逮捕し、施設などを捜索した。県警は、別の複数の施設関係者が暴行する映像があるとして、虐待が常態化していた可能性もあるとみて調べている。
逮捕されたのは同県防府市西浦の無職、柳信介容疑者(35)。県警によると「(被害者が)作業をしようとしなかったのでやった」と容疑を認める供述をしているという。
県警の発表によると、柳容疑者は昨年2月12日午前10時ごろ、同園で作業中だった知的障害がある利用者の男性(21)に暴言を浴びせながら胸ぐらをつかんで体を揺さぶり、額を3回平手打ちした疑いがある。
先月28日、柳容疑者の暴行の様子を撮影した映像がテレビなどで流れ、県警が映像を入手。今月5日に同園の関係者から告発を受けていた。
今月4日には下関市が障害者総合支援法に基づき、施設を立ち入り調査。市は行政処分を検討している。
施設を運営する社会福祉法人開成会は4日付で柳容疑者を懲戒解雇した。また、利用者に暴言を浴びせたとして2人の支援員の処分を検討している。
■映像に「ぶち殺すぞ」
「お前、ここで何しとる。ぶち殺すぞ」。朝日新聞が入手した映像で、柳信介容疑者は殴るようなしぐさの後、利用者の男性の胸ぐらをつかんですごんだ。男性はおびえた表情だ。
別の場面では、柳容疑者が同一人物と思われる男性と一緒に作業中、突然何かを指摘して激高し、男性の額を3回平手打ち。たたく度に鈍い音がし、男性は隣にいた利用者の男性に助けを求めるような格好で崩れ落ちた。柳容疑者は間髪入れず「座れ、座れ、座れ早く」と声を荒らげた。
■情報提供から1年以上、下関市「反省」
「息子があの暴行を近くで見続けていたと思うと、悲しさと怒りが入り交じってくる」。大藤園に6年前から通う男性の保護者はこう話す。男性は当初から柳容疑者が受け持つ班で作業などをしていた。「フランクで人あたりのいい感じだった」という。
保護者が暴行の映像をインターネット上で見たのは先月29日。男性も映っていた。男性は暴行を受けていなかったが、柳容疑者に暴行された利用者のことを尋ねると「ワーッ」とパニック状態になったという。
先月30日にあった保護者説明会では、園の姿勢を批判する声が出る一方、「問題を大きくしないようにしよう」との意見もあったという。男性の保護者は「園が営業停止になると困るのは、他に行き場所がない利用者や私たち家族。複雑な気持ちだが、うみを出し切ってきちんとした園にしてほしいと思う」と話した。
一方、下関市は昨年4月に情報提供を受けたが、虐待を確認できないでいた。翌5月の任意の立ち入り調査では、柳容疑者も含め支援員ら19人と面接。6月には情報提供者と会い、支援員が利用者に「はよせーや」と言っている映像を見たが、暴行場面の映像の提供は断られたという。
市は「虐待の可能性が高い」として10月、障害者総合支援法に基づく立ち入り調査を実施。だが事情聴取した責任者3人が認めず、虐待を確認できなかった。
先月には暴行の様子を記録した映像を報道機関を通じて確認し、今月4日に再度立ち入り調査。初めて利用者から聴取し、暴行があったとの証言を得た。同市の高田昭文福祉部長は「判定能力が甘いと言われれば反省しなければならない。改善の余地があることは率直に認める」と話した。
■障害者への虐待、後絶たず
障害者が福祉施設で職員や支援員から虐待されるケースは後を絶たない。厚生労働省によると、昨年3月までの1年間では263件で、被害者は455人に上った。被害者の80%が知的障害者で、虐待の内容は身体的虐待が56%、性的虐待が11%などだった。
千葉県袖ケ浦市の県袖ケ浦福祉センター養育園では2013年11月、入所者の少年(当時19)が男性職員に腹部を蹴られ、2日後に腹膜炎で死亡した。県の第三者検証委員会の最終報告によると、センターでは13年度までの10年で、計23人の利用者が職員計15人から暴行などの虐待を受けていた。事件後は県の担当者がほぼ毎月訪れ、職員から聞き取りをするなどして実態把握に努めている。
長崎県島原市の身体障害者施設では12年12月、男性介護福祉士が入所者の男性の腕を骨折させたとして傷害容疑で逮捕された。事件を受けて長崎県は、定期監査などの際、虐待の有無などを利用者から直接聞き取るようにした。
福岡県では13年2月、小郡市の就労継続支援センターで、男性の元次長が知的障害のある男性入所者の頭上をめがけて千枚通しを投げ、暴行の疑いで逮捕された。佐賀県内の系列の施設で、女性利用者に性的虐待をしていたことも判明した。
福岡県は県内の障害者施設を対象に緊急の実地指導をし、虐待防止の徹底や適切な人員配置を呼びかけた。県の担当者は「施設内は外部の目が届きにくい。職員の過度なストレスが利用者に向かう恐れもあり、そうならない体制作りも指導している」と話す。
柳信介容疑者(左から2人目)が施設利用者の胸ぐらをつかんでいる様子=動画から(利用者の顔をぼかす加工をしています)
2015年6月11日 朝日新聞