5月中旬、福岡県糸島市に広がる畑で作業着姿の人たちが農作業に汗を流していた。ニンジンの苗の間引き、ソラマメの収穫、草むしり。慣れた様子で作業しているのは、同市の障害者福祉施設「さんすまいる伊都」に通う人たちだ。
施設では2014年夏、竹がはびこる耕作放棄地約5千平方メートルを借りて農業を始めた。現在、企業での就労が困難な人が訓練する「就労継続支援B型」として、20~60代の十数人が働く。農薬や化学肥料を一切使わず、サトイモ、ゴボウ、大根などの野菜や米を栽培している。徐々に農地を広げ、今では当初の約4倍に増えた。
農作物は近隣の店で販売し、形がふぞろいのものは施設の食材に使う。農作業が向かない人は、ドッグフードなどの加工品作りを担当する。今秋には、地元のスーパーと提携し直売所もオープンする計画だ。利用者の一人で、足に障害がある男性(24)は「自分が作った野菜をいろんな人に食べてもらえるのがうれしく、働きがいがある」と笑顔を浮かべる。
高齢化や後継者不足で悩む農業の現場で障害者が働く「農福連携」。農業は担い手を、障害者は働く場を確保できるとして注目を集め、厚生労働省の統計では農林漁業に就職する障害者はこの10年で5倍に増えた。
さんすまいる伊都の池田浩行理事長(50)は「さまざまな手作業があり、障害の特性に合わせた仕事を割り振れる。自然豊かな環境で、心身のストレス改善も期待できる」と話す。
無農薬にこだわるのは、付加価値を高めることで収益を上げ、障害者の経済的な自立につなげたいという強い思いがあるからだ。利用者の平均賃金は月2万円ほどで、B型の全国平均1万4838円(14年度)を上回る。8月からは、池田さんが設立した農業生産法人で、利用者1人を従業員として雇用する予定だ。
障害者の活躍は、高齢化によって需要が高まる医療や介護の分野でも期待されている。ハローワークを通じた障害者の就職件数は、分野別で見ると「医療・福祉」は全体の4割近くを占め、伸び率も高い。
福岡市南区の中村病院では、07年から知的障害者2人が働く。食事の配膳や清掃、入浴の介助などを担当する高尾陽子さん(27)は「患者さんからありがとうと言われるのがうれしい」と話す。高尾さんを指導する診療部副部長の樋口和代さん(63)は「仕事はゆっくりだけど、とても素直で一生懸命。何よりも、彼女たちがいるだけでぴりぴりしがちな病棟の雰囲気が和む」と目を細める。
2人は、同市の市立特別支援学校「博多高等学園」の卒業生だ。軽度の知的障害者109人が通う同校は「卒業後の企業就労を目指す」という方針を掲げ、社会で働くための技能や生活習慣の育成に力を入れる。週に2回、接客や事務作業などの技術を学ぶ「作業学習」と、実際にスーパーや病院などで2週間働く「企業実習」を繰り返すことで力を身に付けていく。
高尾さんも高校2、3年のときに中村病院で実習を経験した。樋口さんは「学校で学んだことがしっかり身に付いていて、実習で特性も分かっていたため、どんな仕事を任せればいいのか困ることはなかった」と振り返る。就職後も学校がサポートを継続しており、いつでも相談できる体制だ。そのかいあって就職後の定着率は8割と高い。
3年前に新築移転した校舎には、シーツ交換や清掃の訓練を行う「福祉実習室」も設けている。長谷川雅寛校長(59)は、「清掃や配膳などの周辺業務を障害者が担うことで、看護師や介護士の負担軽減につながる。今後、もっと需要が高まるのではないか」と話している。
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ニンジンの苗の間引き作業をする「さんすまいる伊都」の利用者たち
=2016/06/03付 西日本新聞朝刊=