「高齢・障害者でも楽しめる旅行を」
神経系の指定難病と闘う患者2人が、大阪市内に旅行会社「櫻スタートラベル」を立ち上げた。入退院を繰り返し、将来への不安を抱えながら私費を投じてまで起業したのは、「何とか社会とつながっていたいから」。今月には大阪市内で「バリアフリーお花見ランチ」を2日間開催し、難病患者ら22人が参加。「誰もが、できることをできるうちに」楽しんでもらおうと、日々奮闘している。
学会で意気投合
起業したのは、大阪市浪速区の櫻井純さん(29)と奈良市の太田啓子さん(42)。櫻井さんは指定難病の「慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)」を、太田さんも指定難病「シャルコー・マリー・トゥース病(CMT)」を抱える。
2人が出会ったのは、昨年8月。病気について医療関係者に知ってもらおうと、難病患者仲間とそれぞれブースを出展した「日本末梢神経学会」の会場だった。「緩やかに病気が進行していく」という共通点もあり、「すぐに意気投合した」と振り返る。
櫻井さんは「10万人に1・61人」とされる難病を26歳で発症。全身脱力や顔面・感覚まひ、筋力低下、手足のしびれなどに悩まされ、入退院を繰り返した末、勤めていた電機メーカーを約1カ月前に辞めたばかりだった。絶望感にうちひしがれながらも、「『守るもの』があれば、治療も頑張れるのでは」と考えていた。
一方、太田さんのCMTは「1万人に1人」の難病で、筋力低下や感覚障害が進むとされる。太田さんは両手とも握力が弱く、下半身に力が入らないため、現在は車いす生活。社会参加はしたいが一般的な就労は難しいため、ぼんやりと「起業する」ことを思い描いていた。
企業が希望へと
2人で話すうち、櫻井さんが考えていた「守るもの」は「自分の会社」につながり、「同じような境遇の人にも、希望を見いだしてもらえるのでは」と起業を検討。旅行会社で働いていた櫻井さんが総合旅行業務取扱管理者の資格を持っていたから、旅行会社の設立を決めた。
設立に最低限必要な資本金は、690万円。余裕のある暮らしではないが、「身体がいつまで保つか分からない」と、2人で貯金を投じて昨年11月末に“スピード起業”、翌月には第3種旅行業の登録を終え、難病患者2人での会社経営がスタートした。社名には、「病気や障害などの困難があっても、季節のイベントや風景を通じて人との出会いを楽しめる会社に」との思いを込めたという。
自ら入念に下見
国内外のパッケージツアーなども扱うが、強みはさまざまな要望に応じるオーダーメード旅行の企画だ。今月1、4両日に開催した「お花見ランチ」も、「トイレや移動の問題で季節のイベントを楽しむのは難しい」という難病患者会らの声を受け、2人で入念に下見して企画した。車いすや杖を使用する参加者からは「環境が整っていたので、食事とおしゃべりを楽しめた」と好評だったという。
「病気の進行は不安だが避けられないこと。それを受け入れながら、難病患者のビジネスモデル構築につながれば」と櫻井さん。「いろんな人に、人生が変わるほどの景色を堪能してほしい」と力を込めた。
「バリアフリーお花見ランチ」を企画した櫻井純さん(左上)、太田啓子さん(右下)と参加者ら
2017.4.10 産経ニュース