「共生社会って何だろう」「多様性を認めるとは」-。平成28年に起きた相模原市の障害者施設殺傷事件を受けて、福祉施設の職員がこんな問いに向き合う研修会が始まった。参加者は誰もが等しく尊重される社会のありようを探り、職場や地域に自らの言葉で伝える「福祉支援語り部」となることを目指す。研修会は10月に埼玉県で実施された。今後も各地で開かれる。
10月17、18両日に同県秩父市であった研修会。NPO法人「ハイテンション」代表で、障害者が中心のロックバンドを結成している、かしわ哲さんが基調講演し、「一人一人の顔が見えてくると、個性的で楽しくてたまらない。コミュニケーションが取りづらいとか全然関係なく、みんながいとおしくなる」と活動を紹介した。
◆個と個のつながり
19人もの障害者が殺害された相模原市の事件。起訴された植松聖(さとし)被告(28)は襲撃した施設の元職員だった。かしわさんは、自分が体験したような出会いがあれば、障害者を否定するような考え方にはならなかったはずだ、と指摘。「障害者」「高齢者」など集団や塊で人を判断することが差別意識の根底にあると訴え、「個と個」のつながりの大切さを強調した。
研修会を主催するのは厚生労働省だ。担当者は、相模原事件に対する危機感が背景にあったと明かす。植松被告は「障害者は不幸をつくる」などと供述したとされ、インターネットでは同調する意見もあった。同省担当者は「被告の言葉で社会や福祉の現場も傷つけられた」と語る。
◆笑顔や癒やしも
2日間のプログラムに参加したのは、福祉施設のスタッフに助言する立場の中堅職員や管理者約30人。福祉に携わる上で、よりどころとなる理念を職場や地域で共有することが期待されている。
グループディスカッションのテーマは、障害の有無などにかかわらず、「尊厳を認め合いながら共に生きる社会の実現」。自分が考えるキーワードを書き出し、「生きる意味のない命がある」といった意見にどんな言葉で応じるかを話し合う。
10月の研修会では「障害者のような生産性のない人ではなく、子供や若者に税金をかけるべきでは」との問いをめぐる議論もあった。「笑顔や人の心を癒やすことも生産性だ」「無駄なことや生産性のないことにも価値がある」などの答えが挙げられていた。
◆心が動かない不幸
社会福祉法人で重度障害者のケアに携わる理学療法士の小川由美子さん(33)は「『動けない人は心がない』と語ったとされる事件の被告の言葉に、衝撃を受けた。自分がやっている仕事は何だったんだろう、と感じた」と参加の理由を打ち明ける。
研修中に紹介された「体が動かないことより、心が動かないことの方が不幸だ」という筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の言葉が印象に残ったといい、「意思や気持ちをくみ取り、寄り添う方法を事業所のみんなで話し合いたい」と前を向く。
知的障害者の家族ら約20万人が会員の「全国手をつなぐ育成会連合会」の田中正博統括は、アドバイザーとして出席。「共生社会に向け、望ましい姿を描いても、日常ではさまざまな課題が降りかかってくる。被告のような考えに対して、『間違っている』と対抗するだけでは解決しない。語り掛け、一緒に悩み考えていくことが重要だ」と語った。
◇
【用語解説】相模原障害者施設殺傷事件
平成28年7月26日未明、相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者の男女19人が刃物で刺されて死亡、職員2人を含む26人が重軽傷を負った。殺人罪などで起訴された元施設職員は、事件前の同年2月、障害者の殺害を示唆する言動を繰り返して措置入院となり、翌3月に退院。逮捕後「意思疎通できない人たちを刺した」「障害者なんていなくなればいい」などと供述したとされる。横浜地検は5カ月間の鑑定留置で、完全責任能力が問えると判断した。