はたして、それは適切ですか?
発達障害とは何か?
発達障害は今や医学だけではなく教育や福祉も含めていわば社会の抱える大きな問題となっている。
しかし発達障害が何を意味するかについてはわが国と米国でも異なるし、発達障害者支援法における定義(第2条:自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるもの)が質的な定義ではなく疾患定義であることもあって、実際には人によって独自に解釈している場合もある。
筆者は発達障害とは「発達の過程で明らかになるコミュニケーションや行動の問題によって社会生活に困難を生じてくるが、適切な対応によって困難は軽減されうる」障害であると定義している。
こだわりや過敏性、過活動性や見落とし、衝動的に行動したくなることがあるなどの発達障害の「欠片(かけら)」はいわばそれが大きいか小さいかは別としてすべての人が持っている。
そして、欠片があるかどうかだけではなく、それによって社会生活上の困難を引き起こしているかどうかが対応を必要とするかどうか、診断するかどうかの鍵となる。
線引きがむずかしい
発達障害のうち自閉症スペクトラム障害(上記条文の自閉症、アスペルガー症候群を含む、2013年からの新しい概念、スペクトラムとは連続性があるという意味:以下ASD)では知的にもその症状においても連続性がある。
これは注意欠陥多動性障害(ADHD)においても基本的に同じであり、知的障害は基本的に見られないものの、不注意の症状や多動性・衝動性はその程度も頻度もさまざまなスペクトラムと考えられるし、学習障害の中で最も多い読字障害においても「読めない」から「読むのが苦手」までやはりスペクトラムとして捉えることができる。
このようにひとことでは説明しにくいが、たとえばASDにおける感覚過敏やADHDにおける衝動性によって生活上の困難がある場合には、当事者にとってはすぐにでも対応や支援を必要とすることも多い。
さらに発達障害を抱える人の数が多い(小学生では過去の調査で6%くらいと言われている)ことから、適切な対応が医療でも教育でも社会でも求められるようになってきた。
しかしどこまでが発達障害でどこからが違うかの線引きには、医療機関によっても差がある。
なぜビジネスが出てくるのか
一方で発達障害の周知が進むにつれ、発達障害を対象としたビジネスが出てくることも必然の流れであり(これは介護保険のこれまでの流れと比較することができる)、特に児童福祉法改正による2012年からのデイサービスの規制緩和や就労支援サービスなどの拡充が発達障害ビジネスと結びつくことも見られるようになった。
発達障害に対するビジネスが出てきている理由としては以下のものが主である。
1. 発達障害という言葉は誰もが知っているかもしれないがその解釈が一定ではない。
2. 発達障害は明確な原因がなく、科学的根拠によって確立された治療法が少ない。
3. 発達障害の診断は適切になされているとは限らず、しばしば過小あるいは過大である。
4. 当事者や保護者にとっては抱えている社会的困難から藁をもつかみたくなる。
5. そもそも医療や公的支援であってもビジネスであっても質の評価が容易ではない。
デイサービスは未就学児を対象とした児童発達支援サービスと小学生~高校生を対象とした放課後等デイサービスに分けることができる。公的・半公的な施設と民間による施設に分かれる。
規制緩和以降、その数は急増し、自治体への届出が必要であるもののあまりの急増に新規受付を中止している自治体もあるし、厚生労働省においても現状はその事業内容からも容認できないものがあるとして規制に乗り出している(30年度以降に規制が強化される)。
デイサービスは、通所受給者証(診断に基づいて市区町村で発行される、おおむね1割負担であるが1ヵ月の支払い上限額がある)を用いて小集団で行われており、個別の発達評価を行うことはできても個別にプログラムを設定して介入することは困難な状況にある。
急増している児童発達支援サービスにおいてもこれは同様であり、個別の支援計画を立てて実行することのできる支援サービスはまだまだ少ない。
ここでの最大の問題はそれらのサービスの質が保護者にはわからないことであり、同じように通所受給者証を使っていたとしても、その質は子どものその後の発達に大きく影響する可能性がある。
まずは療育の開始にあたって、発達検査だけではなく、どのように個別の支援計画が立てられているのかを理解し、それが6ヵ月後など一定期間で見直されているかどうかを把握する必要がある。それが出来ていない場合には、サービスの質は担保されていない可能性がある。
首都圏では極めて多くの子どもたちをチェーン化した施設で療育を行っているところもある。その中には受給者証を使用した療育としない自費療育を併用あるいは受給者証療育が定員いっぱいなのでとりあえず自費療育を勧めるなどの場合には、適切な療育を行うだけのスタッフが充足されていない可能性も考える必要がある。
学童~高校生では先述の放課後等デイサービス(以下放デイ)がまず挙げられる。発達支援サービスと同様に基本的には受給者証が使用できる。やはり余りにも数が多く、保護者には質がわからないという問題がある。放デイは主として民間の事業者によって運営されている。
自費で療育を行う場合には高額になる場合もある。一方、米国などできちんとした技術を身に付け、それに基づくライセンスなどを保有して療育を行っている機関も出てきてはいるが、まだまだ数が少なく、とても需要には追いついていない。
また質についてはデイサービス同様、外からは見えにくいことや一定の国家資格が必要というものではないので、質の低い、しかし高額なサービスもある。
成人の発達障害における問題
成人で発達障害を抱えた人も推定では100万人とも言われているが、医療、福祉、教育などでの支援は極めて乏しい状況にある。
相談機関が少ないためにうつ病やパニック障害などの二次障害や、就労機会が得られないなどの困難に直面する場合もある。就労支援、生活上のトレーニングやカウンセリングが欠かせないにも関わらず、そうした社会資源が極めて乏しい状況である。
これらの充実は急を要する課題である。
ビジネスの面では質的には評価しにくい高額なスピリチュアル(自己啓発セミナーなど)に勧誘され、その結果として経済的な損失を繰り返している場合もある。またクレジットカードなどの多重債務にも陥りやすいことが、ビジネスに利用される場合もある。
医療における問題
医療では保険診療と自由診療に分かれるが、自由診療(自費)については質も価格も規制対象外である。
現在の健康保険制度では発達障害診療の診療報酬が低く設定されている(たとえば子どものASDであれば10分で診察しても1時間かけても報酬は基本的に同じ、実際には初診で丁寧に見れば40分以上はかかる)こともあり、保険診療よりは診療費の請求は高額になるが、自費での支払いとなる自由診療として行っている医療機関も存在する。
また特に自由診療の場合には医療という枠組みの中で行っている限り、科学的根拠に乏しい治療も容認されているようである。
次々出てくる補完代替療法
補完代替療法(通常の医学的あるいは標準化された治療と異なる療法)も数多く行われており、いわばビジネスの温床でもある。水銀除去のキレート療法は現在でもインターネットでは出てくるが、医学的には副作用が多いこともあって国際的にも否定されている。そのほかにも多くの食事療法(特定の食品を摂取する、特定の食品を除去する)なども行われている。
医療における標準的な治療や療育においては、それなりの根拠を有することが必須であり、それは公表された論文等に裏付けられていることが必要である。
しかし多くの補完代替療法における効果は「有効であった」という感想や印象に基づくものが多く、現時点で推奨すべきものはない。しかし雨後のタケノコのように次々にこうした療法は出現してくる。
がん治療と比べてみると…
今回は発達障害のうち、ビジネスに関係の深い部分を中心として概説したが、発達障害の抱える問題は幼児期から成人期まで多岐にわたり、対応すべき支援も極めて多い。
しかしながら発達障害の概念が知られてからの年月が浅いこともあって(知的障害を伴わないASD、アスペルガー症候群の国際的認知からはまだ20年余である)、行政的対応も後手に回る部分が多いのが現状である。
筆者は発達障害についてのビジネス全体を否定しているわけではない。高額の費用がかかっても内容の充実したものもあるが、一方では荒稼ぎと取られかねないような場合も存在する。どうすればその見分けがつくのか、筆者にもまだ解決策はない。
ひとつの比較としてがんの治療を考えてみたい。
多くのがんでは、病期の判定や標準的治療法などが報告されており、それらは基本的に科学的なあるいは疫学的な根拠に基づいている。
しかしながらがんを巡っては多くの補完代替療法や評価のできない医療的治療など、いわばビジネスが数多く存在することも指摘されている。
標準的治療すら確立されているとは言い切れない発達障害において、その周辺には多くのビジネスが今も動いている。
現代ビジネス