自分の見識を広める意味でも、イベントをチェックして、スケジュールを開けて「美術館めぐり」をしています。
あくまでも「見識を高める」ためですよ・・・特別にこだわりをもったり、美術に携わることもなく、“にわか美術ファン”に徹して巡っているのですが…
今回鑑賞した「イサム・ノグチ」氏も名前とある程度の足跡・作品は心得て、上野・東京都美術館を訪問しました。

ただ・・・やはりその作品を前にしての、自分なりのインスピレーションというものはまったくなく、作品と作品名(作品内容)とはどうしても、どう鑑賞しても自分のアタマの中ではチンプンカンプン!

そりゃぁそうでしょ、作者の感性と訴求・発信力は計り知れないものがあり、鑑賞するものがそれをどう受け止めるかは、作者すらわからないものなんですから
ただ「作品」として“こういうものがあるんだぁ”くらいで、どんなに作者が著名な方であっても、「そういうもんなんだぁ・・・」ですむことなのです。


一通り作品群を鑑賞した後、作者に対しての見識は広がりましたが、作品に関しては「なるほど!!」ととりあえずわかったつもりで終わりました。
どうしても「なじみ」の作品がないと、どうしても“にわか鑑賞者”のレッテルが張られたまま美術館を後にするケースが多いです。
今回の「イサム・ノグチ展」も同じ思いをもって美術館を後にしました。(まあ“にわか”ですから・・・次はどこに出没するかなぁ)
あくまでも「見識を高める」ためですよ・・・特別にこだわりをもったり、美術に携わることもなく、“にわか美術ファン”に徹して巡っているのですが…
今回鑑賞した「イサム・ノグチ」氏も名前とある程度の足跡・作品は心得て、上野・東京都美術館を訪問しました。




ただ・・・やはりその作品を前にしての、自分なりのインスピレーションというものはまったくなく、作品と作品名(作品内容)とはどうしても、どう鑑賞しても自分のアタマの中ではチンプンカンプン!


そりゃぁそうでしょ、作者の感性と訴求・発信力は計り知れないものがあり、鑑賞するものがそれをどう受け止めるかは、作者すらわからないものなんですから
ただ「作品」として“こういうものがあるんだぁ”くらいで、どんなに作者が著名な方であっても、「そういうもんなんだぁ・・・」ですむことなのです。












一通り作品群を鑑賞した後、作者に対しての見識は広がりましたが、作品に関しては「なるほど!!」ととりあえずわかったつもりで終わりました。
どうしても「なじみ」の作品がないと、どうしても“にわか鑑賞者”のレッテルが張られたまま美術館を後にするケースが多いです。
今回の「イサム・ノグチ展」も同じ思いをもって美術館を後にしました。(まあ“にわか”ですから・・・次はどこに出没するかなぁ)