現在 多くの人々が認識している 仏教 は
釈迦が説いた 本来の仏教とは
大きな隔たりがあると思う
現在の仏教は
時代背景 歴史的背景 民族 などの
あらゆる要素を背景に成立した複合の産物のように思える
日本においては
仏教 = 先祖供養
というイメージがあるが
日本人がイメージする 先祖崇拝 先祖供養 といった教義や儀式は
本来の仏教にはなかったようです
仏教が日本に伝来したとき
もともと大和民族に 先祖崇拝 という土壌があり
それが仏教と融合して
日本独特の 仏教 を完成させた
仏教はインドで発祥し
日本で完成した
これはあくまで私の個人的な考えであり
大きな声で主張する気もない
否定されても議論するつもりもありません
でも、私はそう確信している
ならば ・・・・・
釈迦が説いた 本来の仏教 を追求しても意味がないということになってしまう
そうは思わない・・・・・
釈迦の説いた 魂 や 霊魂 の概念を否定した
本来の仏教のなかに
難解ではあるけど
究極の 真理 が隠されていると思う
親鸞聖人は 霊魂 や 魂 といった概念を否定された
それ故、 「 私が死んでも 墓 造るな 」と言い残した
同時に ありとあらゆる迷信を排除した
方角がどうだ・・・日柄がどうだ・・・・家相がとうだ・・・
加持祈祷・・・・
などといった事をすべて否定した
よくよく考えれば 親鸞聖人の考え方こそ 釈迦の説いたオリジナルな仏教
に思えてくる
ならば、加持祈祷を行う 真言宗 天台宗 などの
霊魂・魂・肯定派仏教 は間違った事を言っているのか・・・・
そうは思わない・・・・・・・・
東密 台密 ともに奥が深い
矛盾する考え方となるけど
親鸞 ・ 空海 ・ 最澄 ・ 道元
どなたも偉大であり 尊敬している
この難解な私の立場を 合理的に説明しようとするなら
量子力学
の概念を持ってくる以外方法がない
続く
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