
パソコンを打ちながら疲れた目を休ませるときに見る屋島。
四季さまざまな屋島の移ろいが楽しい。
今は冬も終わり雑木が少しだけ白くなり、笑う屋島も、もうすぐだ。

カメラを覗くと、四阿のような休み場所が見える。
おっこらおっこらと登りきり屋島寺の裏門を右に曲がったすぐの場所だ。
ここの横を少し下ると屋嶋城址がある。

裏参道から、木で整えた階を500段くらい登る行き方もある。
一回、ここを登って行ったこともあるが、今は夢のような出来事。
杖をつき足を引き摺って歩いている現在からは懐かしい想い出になってしまった。

頂きには古代の屋嶋城の跡が整備をされている。

全く、最近まで知らなかった。
この城址は、七世紀頃に築かれた古代(朝鮮式山城)だったのだ。
屋嶋城の城壁は山上を全長7キロメートルに渡ってめぐらしていたと考えられてるが、そのほとんどは断崖絶壁で、人工的に城壁が築かれていたのはそのうちの約1割程度だそうだ。

(昔、島だった屋島から見える高松市内。塩田跡には幾棟ものマンションが建ち並ぶ)
そのため、自然地形を最大限に活用した古代山城、飛鳥時代の史跡とは知らず、極楽とんぼの私はいつの時代の城なのか興味も示さずに遠目に望んでいたのだ。
天智2年(663)の白村江(はくすきのえ)の戦で、唐と新羅の連合軍に敗れた倭国が、その侵攻に備え、九州から瀬戸内海沿岸にかけて配備した防衛ラインの一つと言われている。
日本書紀にも、その存在が記載されている。
源平合戦にばかり目がうつり、それ以外の歴史には興味も示さずのほほんと暮らしてきた日が惜しまれる。
「文化たかまつ」なる小誌を目にし、我が家の窓から改めて屋島を見直した今日である。
今日のしりとり俳句から
翁をいただき
🐻 半眼でむにゃむにゃ翁のふところ手
着膨れをいただき
🐻 着ぶくれてショーウインドーに映りをり