大阪水曜ほっと集談会一世です。
おはようございます。
元NHKのアナウンサーで気配りのすすめがミリオンセラーになった鈴木健二さんが逝去されましたね。
また一つ昭和が遠くなったような気がしています。
日本人の美徳とされる気配りという概念を誰もが使える、わかりやすい一つの技術として、提案し推奨された方です。
この気配りのすすめは当時の多くの日本人の心をとらえました。
森田もアドラーもそうですが、コモンセンス(共通感覚)を文章化することはできるようで、なかなかできないことなのです。
もちろん学生時代の私も書籍を買って読ませていただきました。
今リモートにコミュニケーションの場を移した若い人たちはこの気配りのすすめを読むと、どう感じるのでしょうか?
私はかえって新鮮さを感じると思います。
神経質だからきめ細かい気配りができるかと問われれば答えはノーです。
それなりの訓練が、必要だと思うのです。
一般社会では気配りのプロのような人はたくさんいます。
問題なのは気配りの技術を使って人を騙したり操作しようとする、一部の人たちがいることです。
今若い女性の心の隙間に付け込んだ 一部の悪徳商法なども、その一例と言えるかと思います。
神経質タイプの若い女性はこのようなトラブルに巻き込まれることはないと思いますが、人間は弱いものです。
心の寂しさをその場しのぎの人間的なかかわり合いで埋めようとすることだけは、避けて欲しいと願うばかりです。
さて私の考える森田流気配りのすすめですが、あえて初めて参加された方に症状や過去のおいたちを根掘り葉掘り聞かない、ということです。
下手をすれば、職務質問になってしまうおそれがあるのです。
これは当たり前のようですがとても難しいことなのです。
更にこれもよくあることですが自分の長年の経験や森田的な気づきを無意識に押し付けてしまうことです。
職場でも自助グループでもこのような人たちに共通することがあります。
自分がそこにいなければ成り立たないと、単純化することです。
そんなことはありません。
むしろいない方が組織がうまく回ることもよくあることです。
常にそのような自問自答を繰り返しながら私たちは自助グループ活動に携わっていくべきではないでしょうか!
2024.4.5 一世