~ 恩師の「心行の解説」下巻より ~
講演 十七
「正しく定に入るべし」
先の続き・・・
だから何回見方を変えてみても、
出てくる答えは自分自身を責める思いしか出てきません。
自分を許すことはできないものと思っておりました。
皆様も、過去にあった間違いに対して完全に心から許している方は
ごく稀だと思います。
自分を許せないのが、自分の良心です。
自分は悪いことをしたと、その良心が自分を責めるのです。
反省させてもらって、
自分というものを見てきた時、許せないものだから、
「草一本、木の枝一つにしても人様のものを取ってはならないことを
知っていながら、どうしてそのようなことをしたのか、
これはいけないことだ」といって、自分を責めたてるので、
どう見ても反省ができないのですね。
何百回繰り返しても同じ答えしか出てきません。
そこで、私のような者が法灯を頂くのは無理だと諦めました。
集中的な反省は、自分の心に法の灯を頂くためにするそうです。
例えば、夜の真っ暗な部屋に机や物が置いてあり、
皆さんがその中にいたとします。
真っ暗だからどこに誰がおられるにか全く分かりません。
小さいローソクの灯が一本でもあれば、
ああここに居るなあということが分かります。
私たちの心の中は反省ができていなかったら
真っ暗な部屋と同じことだそうです。
真っ暗な心の中を反省して、ある一つを越えた時に、
心に小さい法の灯が点るそうです。
その法灯を頂くために反省をするのですね。
ローソクが二本になったらまたよけいに明るくなります。
よく反省して法の灯が心の中に何本も点ったら、
小さいごみが落ちているのまで見えるはずです。