「こらっ、こんなところで何をしている」
と、声がしたので振り返ったら、のぶちゃん先生がいた。
「あ、どうも、のぶちゃ…あ、前田先生…」
「なんだ、おまえ、何しにきた」
中島教授がピンセットでハエをつまんで振り回しながら、近づいてきた。
「どうだ、食うか?」
と、のぶちゃん先生の目の前にハエを差し出した。
「あんた、食ったら?」
容赦のない言葉に、
「へん、誰が食わせるか、こいつはかわいいうつぼちゃんのごはんだ」
と、言って中島教授は近くにぶら下がっているうつぼかづらに放り込んだ。
「で、何しに来た」
「何しに来たって…、あんた、うちの奥さんに頼まれたカトレアにあの不気味な蘭を混ぜ込んだろ」
「不気味~?小百合のことか~?」
って、自分で言ってんじゃん。
「だから、慶次郎が怖がってないているんだ、どうしてくれるんだ」
「けっ、男のくせになっとらんな。小百合の美しさがわからなきゃ、将来、いい女は選べないぞ」
と、ぶら下がっていたうつぼかづらをのぶちゃん先生の前に差し出した。
「ほれ、かわいいぞ」
「バカ野郎」
のぶちゃん先生は、ムッとした表情をしながら温室を出ていってしまった。
よかった、ぼくを探しにきたんじゃなかったのか。
すると、ぼくの表情を読んだのか中島教授が、
「あいつは単純だから、おまえのことなんざ最初から目に入っておらんよ」
と、また温室の奥に行ってしまった。
そうだね、誰もぼくがここにいることを知らないのかもなあ。
っていうか、みんなきたくないんだろ、ここには、と思ってしまうのであった。
今日もサボっちゃった、へちま細太郎でした。
こんにちは、へちま細太郎です。
昨日、教室にいかなかったことで、担任の赤松先生と匿名希望の東山先生が事務室のおとうさんのところに連絡をして、赤松先生とおとうさんがカウンセリング研究所に飛んできた。
で、口ぐちに「どうしたんだ」「何があったんだ」「何が不満なんだ」と言い立てた。
「別に」
使い古しの言葉だけど、それしか答えようがない。もっと正確にいえば、
「蘭がよんだ」
なんだけど・・・。
「ほそたろ~」
おとうさんは、疲れてるのか、もうそれ以上何もいわなくなってしまった。
ほらね、やっぱりね、父親が働いている学校なんかに来るもんじゃないよな、だって、赤松先生もおとうさんに気を遣っているし。
気を遣っていないのは、匿名希望の東山先生と片山教授だけだった。
帰りはおとうさんはぼくを車で家に連れて帰り、車の中はお通やみたいで一言も会話がなかった。家でも口を利かなかった。
今朝は、タコ壺保健室の蘭にリポDをあげによったら、中島教授がいた。
「お、坊主、昨日はサボったんだってな、いい度胸だ、どうだ、今日は温室にこんか」
と、誘ってくれたので、喜んでついてきてしまった。
というわけで、今は大学の温室で、助手の高橋さんたちと花の世話をしている。
こっちの方がだんぜん、楽しい。