
藤川先生とけんちゃん先生のおかげで、高校のサッカー部の先輩たちと仲がよくなったのは、ぼくにとっては財産かもしれない。
今、高校のサッカー部の2年生は(仮)有岡軍団で、3年生はいない。今年卒業したのが(仮)山下軍団で、その一つ上が(仮)亀梨軍団だ。で、いまひとつ登場してこなかったその上の先輩が、(仮)嵐軍団だ。
(仮)嵐軍団の何人かは、この孟宗学園に残って大学生活をしている。ものすごく勇気のある先輩たちが、この温室のある園芸部とタコ壺保健室が所属するカウンセリング研究所で学生をしていた。
当然のことながら、2人のマッドサイエンティストに振り回されて大変みたいだ。
ぼくは別に子供だから、まだまだ大人の理屈なんかわからないけど、別に嫌いじゃないけど、このおじさんたち。
もっとも、サッカー部の先輩たちは、おもしろがってかかわっているような気がするけどねえ。
今日もぼくは、温室でハエをつかまえ、蘭の株分けをし、午後はカウンセリング研究所で勉強をしている。だんだん、こんな生活もあきてきたかもしれないなあ、と何でこんなことをしているのか、ぼくにも意味不明なんだけど。
こんにちは、へちま細太郎です。
今日は土曜日で学校がおやすみだ。
おとうさんは家では何も話さず、したがっておじいちゃんおばあちゃんは、ぼくが教室にいないことを知らない。
中学に入学してからぼくは家に帰ると、部屋にこもるようになり、藤川先生や広之おにいちゃんたちとも口をきいていない。
部屋にこもってとりあえず勉強して、クラスの子たちがコピーしてくれたノートをまとめなおしていた。
今日はおひるを食べると、小学校に行っておりの前でコケ吉を相手に遊んでいた。
「コケ吉~、おまえは相変わらず元気だなあ」
うさぎものそりのそりと動いていた。
思えば、小学校はよかったのかも…しれない…かも。
「コケ吉~、おまえも孟宗学園に引っ越してこいよ」
と、ぼくは金網から指を入れて、その嘴につつかれて感触を楽しんでいた。
はいよ、けんちゃんだ。
細太郎が授業にも出ず、大学の園芸部と学園のカウンセリング研究所に入り浸っていることが問題になり、担任の赤松はのぶちゃんに負けないくらい融通のきかない性格なので、けっこうおおごとになってしまった。
校長を通して中島&片山教授に厳重抗議をしたんだけど、安部(あんべ)校長は中島教授とは旧知の仲で、どうも安部校長は中島教授が苦手らしい。
「だいたいなんだ、この学園はもともとは偉大なる美都田吾作ゆかりの園芸部が主体ではないか。その学部長にして教授であるこの私に対して、抗議をするとははなはだ無礼である」
と、中島教授が乗り込んできて職員室で怒鳴る怒鳴る。
赤松は青くなってふるえていたが、
「ちゃんと、勉強の面倒までみてくれるんでしょうか。近藤はトップで入ったんですから、成績下げないでください」
と、中島教授に詰め寄った。
「バスケ部に入部させる予定ですから、早く解放してくれよ」
のぶちゃんのうすらバカもぶっちょうづらを下げて、にらむ。
「ばあかもんあの小僧にプレッシャーをかけるな。このマッドサイエンティストの後は、私がカウンセリングすることになっている。無事悩める心を元に戻して学校生活に戻してやるわ」
と、同じく乗り込んできた片山教授まで、Vサインを出して大見えをきった。
まったく、細太郎、何が不満なんだか…。
けど、あいつに不満も不安もあるはずがなく、わがままでもないから、ただ単に学校が嫌なだけなんだろうな、と俺は思っていた。
だったら、最初から来るなよ、と思ったが、受験をあおった事実もあるから俺にも責任の一端があるかもしれないなあ、とつくづく思ったもんだ。
しかし、困った、親子だねえ。
こんにちは、へちま細太郎です。
いつものように?温室にいると、たかひろが顔を出した。
「やっぱりここだ」
「あ」
ぼくは立ち上がっていきなりの登場に驚いた。
「なんだよ、ジャージじゃん」
後から入ってきたのは、同じクラスでぼくの隣の席の松坂だった。
「へえ、ここが有名ななんとか教授の温室かあ」
またも同じクラスの鈴木が入ってきた。
「なんとか教授とはなんだあ」
と、奥の不気味な色をした原種の蘭の群れから、中島教授がヌッと立ち上がった。
「げえ」
「ひええ」
「おっさん、ひさしぶり」
「ばかもん、おっさんじゃない」
たかひろが悪びれずに奥へとすすんで、
「相変わらず気持ち悪いなあ。毎日眺めてて気分悪くなんないの?」
「美的センスの違いだな、もう少し女を見る目を養え、ばかもの」
教授ったら、中学生に何をムキになっているんだよ。
「で、おまえらもここでわしの手伝いにきたか。だったら、そんな恰好では汚れてしまうぞ」
「手伝いって…、細太郎を迎えにきたんだよ」
「何?迎え?」
ここで中島教授は、ぼくをみた。で、右手の親指を左右に動かして、
「だめだだめだ、貴重な労働力を連れ去られてはかなわん。却下だ」
と、拒否。
「労働力って、こいつ、授業に出てないんだぞ」
「なんだ、そんなくだらない理由か。誰だ、担任は…」
「赤松先生だけど…」
「だめだだめだ、あいつはいかん、前田のミニチュア版で融通がきかん。校長に話を通してやるから、おまえらもここにいろ」
「ああ?」
「ええ?」
「げえ」
ほんと、しょうがないなあ、中島教授に誰が逆らえるんだよ。
「赤松はここにいることを知っているのか?」
「知らないと思うよ。だって、誰がおっさんのところに来たがるんだよ、細太郎か、高校のサッカー部の先輩たちだけじゃないですか」
たかひろはすでにサッカー部に入部している。合同練習もしていて、けんちゃん先生にしごかれ、先輩たちにパシリにされていた。
「気になるな、その言葉づかいは。何でサッカー部のバカどもの話をするときだけ、敬語になるんだ。腹が立ったぞ、おまえは肥料のかかりにしてやるからありがたく思え」
「なんでだよっ」
やぶへびのたかのりと、興味津津と親切心でついてきた松坂と鈴木は、ついに中島教授につかわれる羽目になり、教室に戻ることはなかった。
し~らないっと

今朝は、おとうさんがぼくを車で学校に送り届け、教室に入るまでついてきた。
たかひろが心配して、
「なんか来たくない理由でもあるの?」
と聞いてくれたけど、
「中島教授や片山教授といる方が楽しい」
とだけ、答えておいた。
事実、そうなんだけどね。
朝の会の時、ぼくがいたので赤松先生はほっとしていたけど、ぼくはまた教室を抜け出して、まずタコ壺保健室に忍び込んで(というのも匿名希望の東山先生は、小百合が嫌いみたいだから)、リポDを飲ませてあげてから大学の温室に向かった。
そして、今は中島教授と一緒に、蘭の肥料作りをしている。
で、なぜか犬猿の仲の片山教授まできて、
「ここの用事がすんだら、今度は俺が仕事を与えてやるからな」
と、ぼくを助手扱いにして中島教授とののしりあっていた。
これだから、やめられない…。